開校当時の母校に想いを馳せて 一期 富田 浩司(同窓会初代会長) 昭和27年、今から55年前の開校当時の母校の様子は、今も記憶の底に昨日の様に鮮明に懐かしく想い起こされます。 当時の校舎は明るい薄緑色の木造二階建てで近隣校と比べてハイカラだとの評判でとてもうれしかったものでした。そしてまだ校歌もなくプールも体育館もありませんでした。その為に学芸会や入学式や卒業式は教室の前後の壁を三つ打ち抜いて会場としていました。そして廊下側の窓をはずしてそこから覗いたりや参加するのも当り前な時代でした。 又、給食も学校内に調理場がなかったので、八幡小学校からリヤカーでパンなどをPTAの皆さんが協力して運んでくれていました。 ジャムやマーガリンを塗ったコッペパンと脱脂粉乳が中心でしたが年何回かのお祝いの日にはミカンやお汁粉やいつもより具の多い野菜アンカケなどがうれしかったものです。 一方、校庭は元は竹やぶと畑でしたが、小石が多く残っていたので、運動しても怪我しない様に生徒全員で校庭に出て石やごみを拾い重いローラーを引いたりトンボでならしたりしました。そして春になると地中に残っていた竹の根から筍が芽を出しそれを摘むのが数年間も続いたのも印象深く思い出されます。 この様に私達が快く想い出される幼い頃の淡い記憶とはまた別の新しい思い出を後輩達が将来懐かしく蘇らせることのできる様に、私達先輩は心を込めて母校と同窓会の発展を願っています。 慕校九品仏ばんざい!
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