連載小説  渚美智雄


『大和ファウスト』
第二回


三月の中旬のことだったろうか。春への歩みが止まり肌寒い日だったことを妙に覚えている。鎌倉市役所の志村正から電話が来たのだ。私が大船の奇妙に孤立した高台の家屋を入手した経緯については既に触れたが、市所有の当該不動産を売却する担当が、この志村正だった。定年の近い風采の上がらない男だったが、突然、電話してきたのだ。

「ご無沙汰しとります。その節は大変お世話になりありがとうございました。センセイにはご健勝でお過ごしでございましょうか・・・」。

ややかすれがちな声は続けてこんなことを言い出したのだ。「実はセンセイ・・・お引き取りいただいた撮影所の資料を見学させて欲しいという人が現れまして・・・。個人的な研究資料として見せてほしい・・・なんて言われまして・・・。しかし何分・・・もう一切はセンセイの所有物で・・・市の立場ではなんとも、と申し上げたんですが・・・センセイに意向を伺ってほしい・・・と、こう熱心に言われますもので・・・」。

物件を購入しようとしたとき、こういう自称“研究家”、ありていに言えば“熱心な古い映画ファン”の見学要請で患わせられるのではないかと懸念したが、志村はそんな人はめったにおらぬし、いたとしても相当の高齢に違いなく、わざわざ大船の、しかも個人宅になったところまで出かけてくるとは考えにくいと言って、私の不安を払拭し売却交渉を急かせたことがあった手前、いささか言い出しにくかったと見えたが・・・。

「やっぱり、そういう手合いが現れたのかね・・・」。私は溜息交じりに不満げな声を出したと思う。「東京から来られるのかい?」と私は聞いてみた。「それが、はるばる奈良からいらっしゃるということで・・・」と志村は言う。そんな遠方からわざわざ来るということは半端な“研究者気取り”でもなさそうだった。私は内心、受けざるを得まいと考えたが、その思いを決定的にしたのは志村の次の一言だった。「実はご婦人の方でして・・・電話でしたので、しかと分かりかねますが、まだお若い方のように思えましたが・・・」。

人間の身体のなかで声帯は最も加齢の影響を受けないと言われている。かなりの高齢者でも声だけ聴けば若者と間違われる人は珍しくないらしい。ましてや女性は・・・。私はそう思いながらも、志村に承諾の返事をしてしまいました。そこには、“意外に若い女かもしれんぞ、わざわざ奈良くんだりから来るぐらいだからな”という期待があったことは告白しておかねばなりません。

その女は志村の電話から一週間後に本当にやってきたのだ。決して期待したような若い女ではなかった。きつね色のロングコートを着て短めにカールした髪は、年甲斐もなくこれまたきつね色に染めている。しかし厚い化粧に覆われた丸顔にはシワが無数にあることは疑いなかった。やはりな、と私は思ったものだが。

「加田麻里子と申します。この度はご無理をお願いし、申し訳ございまっせんでした・・・」。女の声は澄んで美しく滑らかに響きました。私の耳には“カガマリコ”と聞こえたものです。女の背丈が小柄であったことと丸顔であったことが、大船撮影所に旋風を起こした往年の女優のことを思い出させたものと見えます。昭和60年代は戦後日本の大きな屈折点でしたが、安保闘争の後、映画界にも大島渚のような新世代監督が現れ、“日本のヌーベルバーグ”などと言われ、その中心に“小悪魔”とか“和製ブリジッド・バルドー”と呼ばれた加賀まりこという女優がいたものですから。

「わざわざ奈良からお越しとはご熱心ですね」と私は愛想笑いを浮かべ女を家に入れた。脱がれたロングコートの下には真っ赤な厚手のセーターがゆるく下腹部まで垂れ、黒いパンタロンと鮮やかな対称を見せていたものだった。セーターの胸元には全くと言っていいほど隆起の影はなかった。このようなファッションは、かつての大船撮影所の遺跡ともいえる場所に赴くための、この女なりの自己演出だったのだろうか。今にして思えば、往年の大女優が亡霊になって華やかな時代の跡地に舞い戻ってきたような不思議な印象があったのだが。

「大船撮影所がスタジオパークになったとき、資料類を譲り受けたんですが全部ではありません。資料価値がないと判断されたものは多くが処分されましてね。何をお探しか知りませんが、ここにはないかも知れませんよ・・・」。私は女の失望を恐れて、そういった。

「・・・ああ、この匂い! 懐かしいわ・・・。この匂いだけでもここに来た甲斐がありますわ」。女はそう言って倉庫の一角のように雑然とした私の住まいの一階部分の奥へ遠慮もなく入っていったものです。幾つもの棚が乱立し、そこにうず高く積まれた脚本類や演出メモ、編集プランやスタジオ割り振りの記録ノート等を愛撫するかのように両手で撫でながらゆっくりと奥へ奥へと進んでいきました。奥の棚の一角には編集されずに残ったフイルムを納めた円盤状のアルミケースが積み重ねられていたのですが、女はそこで足を止め、しばらくじっとしていましたが、そっと手を伸ばし、まるで骨壺を押し抱くような素振りを見せました。

女はやがて、ふっと正気に戻ったかのように棚から目をそらせました。そこで、ああぁ! と私が思わず驚くほどの声をあげたのです。女の目線の先には、スタジオパーク撤収時に私の希望で運び込んだマネキン人形があったのです。パークの目玉として作られた大船撮影所制作映画の名場面のひとつとして『雪国』の雪景色の中にたたずむ等身大の駒子人形が・・・。演じた岸景子にそっくりに作られた人形に何を思ったか、女は目を見開き、やがてつぶやくように言ったのを私は忘れることが出来ないでいます。

「・・・ああっ、姉さん・・・」。女はたしかにそう言ったのです。


(続く)

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