連載小説 渚美智雄
『大和ファウスト』
第六回
私は、シニア・ライフ・パートナーというビジネスモデルに関心が沸いたらしい。加田麻里子は最初は話したくなさそうな素振りを見せた。そうなると余計に聞きたくなるのが私の性分なのです。
「別にたいしたお世話をする訳じゃないんです。まだ、要介護の状態じゃないですしね。ただ、食事がね、なかには自分で調理なさる方もおられますが、お一人暮らしになりますと、手をかけて調理する気にならないみたいで・・・。私どものサービスのコアはそこなんですの。料理をしっかり作って差し上げて、ここがとても大事なんですが、ご一緒にいただくことなんです。一人で食べるのと、誰かと一緒に食べるのとでは美味しさが違いますし。晩酌なさる方には、お酒のほうもご一緒させていただきます・・・」 麻里子の話を聞いて、私は良い着眼だと妙に感心したのです。私自身、この家で一人暮らしをするようになって、食事に淡白になりました。気づけば、コンビニ弁当で済ます日が多くなっていたのです。
「コツはね。お客様が私とのディナータイムを楽しみにしていただけるようにもっていくことです。お客様の食べ物の好みは当然ですが、関心のある話題なんかをチェックすることが必須ですわ・・・。話が弾むという状態が作れるようになるのが大切なんです」。私は、麻里子の言うことがいちいち納得がいったものです。
「特にお客様のバースディなんかはキラーメニューを提供する必要がございます。自分の誕生日を忘れておられる方も多いですしね。肉は極上、魚は特上の鯛やヒラメ・・・・お客様が驚かれるようなメニューにする必要がございます」。
「なるほど、しかし、そうなると食材費が余計にかかりますよね。それはお客様から特別にいただく訳ですか?」 私は自分でも野暮なことを聞いたものだと思う。しかし、麻里子は、ここぞという気合を入れて説明しだした。
「そういう野暮をしないことがコツなんです。私どものサービスは完全定額会費制ですから、食材なんかもすべてその会費から賄いマス。お客様は当然分かっておられますから、お客様の想像を超えるものを出すのがタイセツなの。つまりどれだけまごころのあるサービスにするかなんです。それが実感できると、お客様は高いと思われていた会費が安いと考えてこられます。毎月前払いで振り込んでいただく約束ですが、解約はゴザイマセン。中には1年分をまとめて振り込んでいただく方も少なくゴザイマセンし・・・」 麻里子が得意げに言うものだから、私の関心はますます強くなった。その会費というのは、いかなるほどのものであるのかな、と聞きたくなる。麻里子は、私の関心事を鋭く察して誇らしげに言い出した。
「3コースに分けておりますの。モーニングコース、ランチコース、ディナーコースでございまして。お察しの通り、朝、お邪魔して朝食をご一緒して、それから掃除と洗濯をさせていただくのがモーニングコースです。このコースは月額、25万円。ランチコースは同じく昼食をご一緒して、掃除洗濯をさせていただきます。月額35万円。そして、ディナーコースは夕刻にお邪魔して掃除洗濯をさせていただいてから、お料理に取り掛かり、夜のふけるまでお相手をさせていただきます。こちらは月額75万円・・・。お高くお思いになります?」 麻里子の顔が一瞬、保険の外交に見えたりしたのだが。
「圧倒的に人気が高いのが、ディナーコースでして、モーニングコースやランチコースの方でも、ディナーコースの解約待ちの方がおられます」。私は、それにしては高すぎるのでは、と思った。またしても麻里子は私の疑問を察して、その価格政策の要諦を語りだした。
「夜は特別の時間帯ですし・・・。もちろん、食事もモーニングやランチのようにはまいりませんし。・・・それに、ディナーコースには特別のサービスがございまして・・・。ご入浴サービスをいたします・・・」。麻里子のその一言で 私の関心は急速にピークに駆け上がっていくようでした。
「もちろん、お一人で入浴できる方々なんですが、皆さま、身体を洗うのが大雑把になってらっしゃいます・・・そこで私どもはご一緒に入浴させていただいて丁寧に身体を洗わせていただくサービスをいたしておりまして・・・まぁ、総合的に、75万円の月額は高くはゴザイマセン・・・何しろ、一日当たり、たったの2万5千円でございまして・・・」。私は“たったの2万5千円”と聞いて、そのサービスの詳細を聞き出したくなる。
「あなたもハダカにおなりになって?」と言ってしまった。おそらく私の目はいやらしく加田麻里子の身体をチェックしていたのだと思う。「麻里子は高らかに笑って付け加えた。「いくらなんでもハダカはイケマセン。お客様を不用意に興奮させるリスクは避けたいからです。私はビキニを着ることにしています。ワンピース水着は着替えに手間がかかりますので、生産性が低くなりますし・・・」 麻里子の話には屈託がない。それが“加賀まりこ風”のルックスによく似合う。
「“シニア・ライフ・パートナー”を始めて25年になりますが、やはりサービス業は難かしゅうございますわ。直ぐに生産性の壁にぶつかりまして・・・。朝、昼、晩すべてのコースに勤務しましても、お客様は3人が限界です。月額の会費収入は135万円が限界・・・年商は1620万円が壁なんです。そこで5年ほど前から、私のアバター(分身)を作ることにしました。彼女たちは私と同じことをして同じ会費を受け取ります。私はその5%をフランチャイズ・フィーとしていただくようにしました。こうしますと、アバターを増やせば増やすほど私の収入は増えていくのです。私は、サービス従事者の壁を破り、経営者と申しますか実業家のはしくれになったのですわ」 麻里子の話しぶりからは、自慢めいたものは感じられなかった。
「そりゃ、たいしたもんですな。アバターは何人ぐらいおられるんですか?」 私は聞かずにはおれなかった。「一番多い時で50人ぐらいになりましたか・・・しかし、ここにもやはり壁がございまして・・・私一人では管理が行き届かなくてトラブルも増えてまいりまして・・・お客様の金銭を着服する事件がおきましてね・・・お客様が早く気づかれて大事に至らなかったんですが・・・お客様が言い出しにくい“事件”も出てまいりまして・・・」 麻里子の歯切れのいい言葉遣いが一瞬よどんだ。
「入浴サービスに関することじゃないんですか?」 私の直感は当たったらしい。
「そうなんですの。アバターの中には男性経験の薄い人もいましてね。全裸の男性に接することで神経過敏になって、触らないでください!」と大声を上げる子とか、「このスケベ爺ぃ!」とお客様を蹴とばす子とかね・・・私は謝罪に飛びわまらなけりゃいけなくなりまして、次第にアバターの成り手も少なくなりまして・・・。昔のようにビジネスが上手く回らなくなりました。今、アバターは6名しかおりません・・・。それに昨今は、お客様の懐具合も寂しくなりましたわ。会費を値切ろうとする方まで出てきましてね。これじゃね、こっちのモチベーションも下がります。そろそろ“シニア・ライフ・パートナー”も幕引きを考えねばと思っていたんですが・・・。実は、私には姪が一人おります。死んだ私の姉の一人娘なんですが、医師志望でナースをやっているんですが、この子が私のビジネスをアレンジしましてね、殿方じゃなくて独居の老婦人相手のパートナーシステムを考えたんです。食事作り、掃除、洗濯は同じですが、ナースの知識を活かして“ヘルスケア”サービスを組み入れたんです。これが当たりまして、今では姪の年商の方が私より上になりまして・・・。私のアバターを引き抜いて規模を大きくしていく有様で、私もいささか腹立たしく思っておりました・・・」。
「ふーん。会費なんかも安くして?」 と私が言いかけると、「そうなんです。何軒もお客様を掛け持ちして・・・。女性というのは金銭に細かいですからね。定額制を止めて実績清算にしたのも良かったみたいですね。しかし、私は自分のビジネスモデルに愛着があったんでしょうね、実は今も、アバターに任せず、自分で担当させていただいているお客様が一人おられましてね、その方が、首都圏なら富裕層も多く、アバターの成り手も少なくないはずだとおっしゃるんです。私も、合わない姪と角突き合わすより転地するのも良いかな、と思いまして・・・。実は、長居さんをお尋ねしたのも、そのお客様の紹介なんですの」
麻里子ははじめて私の固有名詞を口にした。
そういうことか・・・私は初めて加田麻里子の魂胆に気づいた。関東圏への進出のため、鎌倉の地をテストマーケティングエリアにしたのだ。大船撮影所のことは嘘ではないにせよ、口実のようなものだったに違いない。私のそんな疑惑を麻里子はまたしても鋭く見抜いた。
「あら、嫌だ! 長居さんは大船撮影所の話を口実にしたと思ってるのね。私は、行き当たりばったりの女なんです。そんな回りくどいことはしませんわ!」
本気でむくれた顔が“加賀まりこ風”の顔にはよく似合う。
「まぁ、それはともかく・・・私は、ディナーコースに申し込めるような裕福な高齢者ではありませんよ。お生憎様、と申し上げたいが、それにしても、私のことをあなたに紹介したという奈良の客というのは誰なんです?」
私にはそのほうが気になった。京都生まれの私には、数回ほど奈良に行っただけで旧知の者など心当たりが全くなかったのです。
「大和一さんとおっしゃいますわ。ずいぶん長居さんとは親しいような口ぶりでしたがね・・・」
「ヤマトハジメ?。・・・知らん。全く心当たりがない、そんな人物は・・・」