嘉彦エッセイ


第43話(2008年01月掲載)


          



2008年のエッセイについて:

昨年、10周年まで毎月書き綴ってまいりましたエッセイではありますが、10周年で記念誌に纏めまして少しお休みしてまいりました。今月から再開しますが、今年は新たに読者との交信コーナーとして「ブログ:佐藤の技術・主張」を作りましたのでエッセイは定期性を持たず「思いつくまま、気のままに・・・」で書いてまいります。

「ブログ:佐藤の技術・主張」のコーナーもお楽しみに、そしてどしどし皆様のご意見をお聞かせください。建設的なご意見は匿名でご紹介させていただきます。勿論エッセイにもご意見があればどうぞ。



『運・不運』



年末には大型の宝くじがいくつかあって、「年末ジャンボ」も「初夢お年玉」もそれぞれ買い子供達へのクリスマスプレゼントに「3億円あげる」などと言って話題提供したが、残念ながら全て外れた。これはおおよそ当たり前で運が悪かったとは大半の人は思わない。当たらなくて当たり前だからだ。きっと当たった人はいるのだろうが、その人は絶対「運が良かった」と口にするであろう。大変な喜びであろうが(当たった事が無いので実感でモノはいえないが)達成感は無いのだろう。それは自分の努力が伴っていないからで、それでもその御大尽は「買うという努力の賜物」と屁理屈を言うかもしれない。

世の流れの多くは運によって左右されていると言っても過言でないのかもしれない。

戦災や天災、大事故などで家が焼かれたり家族を亡くしたり、時に漸く得た一生モノの家をなくしたり、貰い病や貰い事故で生涯を不自由な身体で過ごす方など涙する話は多くある。大きな事故に遭遇してもその中で無傷な人、漸く生き延びた人、亡くなった人、正に運・不運の境目であろう。昨年7月16日私自身、本当に中越沖地震の震源地(目の前に東電刈羽原発があった)で仕事中にあの大揺れを体験した。私は身体も車もパソコンも無傷で幸運であったが、知人の家(近くにあった)は家が傾き復旧不能の診断で遂に昨年暮れに壊した。このように被害を被った人は全く不運といわざるを得ないが、それでも家族は全員無事だったことを運が良かったというのか、運・不運にはこういったものから、会社の出来事や人事などにも運・不運がつき物である。

私は幸運の星の下に生まれたと思う。これより先の話は五体満足の幸運児が語る運・不運で、本当に不運な方には申し訳ない話だがお許しいただきたい。

子供の頃病弱で、結核菌に冒されながら療養所には入らずに済み、病弱といいながら皆勤賞をとり(高校までと会社に入っても・・・勿論有給休暇は取った)、成績が良くなかったのに高校入試や入社試験は得意なジャンルの出題で(ライバルを差し置いて)難なくパスし、入社しても上司に常に恵まれ、面白い仕事をいただき、いつの間にか優遇されて30数年、そして転職(出向)する。なんと幸運なサラリーマンだったか。転職後も良いクライアントに恵まれて、しんどいことも多くあったが、楽しく仕事をさせていただいている。強いて不運といえばゴルフの会員権が紙ぺらになったくらいか。

でも良く考えてみると、単に運が良かっただけではないような気もする。生産技術から離れたくなかった(入社は生産技術、7年後に本社の企画に移り以降、開発部門、原価の世界を歩いた)ので隔週土曜日は160Kmも離れた某社の現場の改善をボランティアでやらせていただいた事がものすごく生きた。平社員の時に5月連休を使って製造部門(当時私は開発部門)の改革を34ページの論文にしてみたり(これは後に幹部に取り上げられ、いすゞを救う大きなインパクトになった)そうこうするうちに社内外の色々な方と巡り合い、ご支援、ご指導をいただいた。

スキーでも一生懸命組織作りをし、一生懸命練習をしたら、いつの間にか1級、準指、指導員と資格を取っていた。そして多くの指導者と出会った。それが自分にまたまた力を与えてくれる刺激になった。そう、その陰に必ず何らかの努力があったことは事実だ。これは胸を張って言おう。

長嶋茂雄さんは「結果は技術が7割、運が3割、その運も技術があればこそ舞い込むものだ」と言われた。そういえば確かに何もしないで転がり込んだものはなかった。何かした結果が世間で言う運なのであろう。でも私の場合は7割が運。2000年1月28日、冬の北陸道で自爆事故を起こした。車はすぐさま新日鐵行きとなったが我が身は無傷、翌日から2日間現地で仕事をした。これは100%運。

サラリーマン生活をしている中で、流石に不運だという人も多く見かけた。本人は一生懸命やっているのに、タイミングが急変して結果が逆になったり、上司とウマが合わなかったり、過程に不幸が続いたり、昇格時に周囲に強力なライバルが多くいたり、同情仕切りの部分を多く見かけたものだが、厳しく言うとそれでもその危機を突破する意欲を持ったら運が向いてきただろうとも思った。「チャンピオンになりたくば、チャンピオンらしく振舞え」だ。(既掲載:第7話)チャンスは必ず誰にでもある。その機をうかがいそびれてしまったか、うかがったがもう一押し足りなかったか・・・やはり本人次第なのだろう。

運・不運、何を以って定義するか。本人に責任の無い被害は不運で、何もしないで舞い込んだ得は幸運、本人に努力があれ必ずいつかは運がくるとでも言おうか。

不運は可哀想だ、カバーできないものもあるが、多くは自分の力で幸運に転じる事が出来るものだと思う。綺麗過ぎたかな。

今年も運がめぐってくるように何かをしよう。



    (株)VPM技術研究所 所長 佐藤嘉彦 CVS-Life, FSAVE

               佐藤嘉彦 著 エッセイ集 「千載一遇」より