書体への誘い 7 淇洲 <きしゅう>
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天才は天才を知る 今は亡き実力制四代名人・升田幸三が愛用していたのが、影水作の赤柾盛り上げ駒で、書体は「淇洲」であった。別項でも紹介している夭折の天才駒師・宮松影水と将棋の大天才・升田幸三とは生前交流があり、升田は影水に駒をよく依頼していたという。現在も升田家には、影水作の駒が他に数組残されている。 |
■「淇洲」の由来 もう一つの錦旗「関根の出世駒」 山形県酒田の人、竹内淇洲(本名・丑松、1947年没)が「淇洲書」の主。専門棋士ではなかったが八段に推薦されるほどの棋力で、他にも政治、文学、囲碁などでも活躍し、書や漢詩にも堪能であった。淇洲が書いた『将棋漫話』は、将棋史をひもとくにはなくてはならない本だ。 版木でなく自筆の駒
実際に淇洲の作った駒は数十組あったとされ、現存する淇洲駒は4組が確認されている。当時は、駒の版木はなかったので、肉筆であった。だから、極端にいえば一枚一枚微妙に駒字が異なって見えるのである。 |