嘉彦エッセイ


第4話(2004年7月掲載)


        



『正常と異常』

 人間ドックに行くようになって幾久しくなる。私は誕生日(9月)に受診するようにしている。実は毎年その時期が来ると憂鬱になるのである。言うまでもなく、私は50歳を過ぎてからはγ-GTPや血糖値が「健康状態=正常」を越えたデーターが出て、その都度またか(異常)とがっかりするものである。そして、それから2ヶ月くらいは、万歩計を付けて、家内と1時間ほど歩き、休肝日も連続して取ったりするが、いかんせん体感する異常がないので、つい暮の飲む機会が増えた時点で、2ヶ月坊主は消滅していくのである。

 「健康状態」とは何か。身体で言うと“痛む”“疲れる”など体感するものがあると異常を自覚できるが、体感するものがないと正常と思い込み安心して生活をし、このような計測値で「異常」を認識すると“やはり俺は病人なのだ”と(異常を感じ)落ち込むが本質的ダメージには乏しい。場合によっては「病人」まで行かずに「予備軍」と呼ばれたりするがそれも「異常」に近づいているとの警鐘になるのだが予備軍くらいでは最近はびくともしない。しかし、体が感じ出したら何か気持ちや行動は変わってくるのは事実だ。

 このように、「異常が」明確になればそれなりに意識が変わるものであるが、異常が見えないとそれは正常の塊であるかの錯覚に陥り、取り返しの付かなくなるのが人の世、企業の姿である。

 我々の仕事ではどうだろうか。異常には大きく2つの判断がある。正常と思っていたこと(従来の仕組みや考え方)が競争相手に比べて劣っている事、これは気づくのには大変な努力が要る。もう一つは予定したとおり行かないものが異常である事で、これは中間の管理でコントロールすると正常に近づけることができる。最近発生したリコール隠しのような事象は、以前社長が更迭されても真剣に異常を感じなかったのであるから本稿の対象にならない異常の話であるが。

 前者の事例で、あるところで家内とお蕎麦を食べようとした。相席した向かいのご夫婦が、薬味の葱とわさびを一生懸命ざるの上の蕎麦に塗りたくっている。私たちの食べ方はタレのおわんにそれぞれを入れてかき混ぜ、そこに蕎麦を漬けて食べるが、そのご夫婦は上記の通りで、二人で「ヘェー」(異常)と思って眺めていたが、聞くところによるとそのような食べ方もあるんだそうだ。となると我々が異常だったのか…まあ、蕎麦ならおいしくいただけることが正常で人それぞれ好みがあっても構わないが、企業では世間に劣ってはならないことなのである。僅かな劣勢が3年5年で大きな差がつき、追いつくことさえできなくなるからである。

 企業でよくある事だが、システムや仕組み、文化ではとかく井の中の蛙になり易く「これは当社の文化でして・・」などと現状肯定型の判断をする企業が多い。これが上位者になればなるほど多いのが困った問題なのだ。

コンサルタントに転じて多くの企業を見ていると、それぞれ顕著に異なり、旧態依然を是とする姿勢に困惑する事が多い。このケースは他社の事例などで気づかせようとするのだが、コンサルもなかなか手に負えない事が多い。ある企業では、1枚の書類にはんこを15も押して、尚まだ足りないような会話が飛び交う。(だからと言ってメールで飛ばす書類には一つもはんこがないのは言うまでもないが)会議をしないと話が進まなかったり。でもそれを正常と思い込んでいるうちは改善には結びつかない。責任の所在が明確でない企業に見られる正常・・でない文化なのである。

 もう一つの、後者のケースは、何らかの過程で正常でない事に気づくケースである。過程と言っても最終過程で気づくところが多く、これは冒頭の病気で言えば、入院からご臨終に近くなっている事になる。企業では一つのプロジェクトがご臨終に近くても他のプロジェクトが支えているので簡単に大問題にならないが、これは人間の身体で言うと、「肝臓がおかしい」でも食欲もあるし睡眠も取れる、体重も減らない・・などで危機感を感じないのと同じである。

怖いのは、異常に気づかない異常である。

 私はVEの専門家の一人で、古くから原価企画の研究と実践を積み重ねてきた。原価企画にはプロセスとステップがある。此処までは他の管理手法と変わりはないが、それぞれのステップに数値目標が張り付いていて、そのステップの時点で目標に行かない事を「異常」とし、止めて(休んで)病院へ行く(対策)ことがルールになっている。コストが未達、発行新規部品数が予定を越えている、投資額も計画を上回っている…即緊急入院である。この手を打たない企業はまず未達をゴールまで引きずる。

その昔、原価企画を導入する前には、目標値に行かずとも「まだ時間がある」で逃げられて、目標未達を何度も体験した。原価企画ではこの点はメリハリがしっかりして、進展するフェーズ(マイルストン)ごとの目標が決められ、血糖値が高まり予備軍のにおいがするとすぐ治療に取り掛かるようになっている。原価低減活動でも同じで、コンサルティングのなかでも(進んでいる企業には)きめ細かなマイルストンを定めて、目標管理をしてもらっている。痛みがこないからと言っても正常ではないのである。

 さて、皆さんの正常とは何で、どうなったら異常と言えるか分かっておりましょうか。仕事の中身と自分自身の問題について見直されて見てはいかがか。その見直しの方法はベンチマーキング。素晴らしい業績の会社や良い製品と比較して劣っている仕組みや商品の部分に着目すると異常が見えてくる。異常と思えば手も打ち始めるものだ。

 という佐藤は、今晩もまたγ-GTPを忘れて夕闇のなかの暖簾をくぐる。やはりそもそも異常の塊ではないか。

(来月は『夢追い人』です。お楽しみに)

             (株)VPM技術研究所 所長 佐藤嘉彦 CVS-Life, FSAVE