嘉彦エッセイ


第16話(2005年7月掲載)


           



  『体験は自信』



  商売柄、話をする機会がよくある。俗に言う講演もあれば、セミナーなどの先生の時もある。勿論、技術指導は話がつき物である。

当然受講されている方々へは何かを訴え、何かを説き、何かを持って帰ってもらおうとしている。なるべく分かりやすく話をしているつもりであっても、自分に迫力を感じないことが度々ある。その多くは、自分の理想ではあるが心からの信念に成り切っていない話と、他人の受け売りの時である。聞く人達の眼を輝かせるものはその逆で、自分の心からの訴えは、例えささやかなものでもしっかり聞いてもらえることが多い。そして何よりも人に話すことは経験を語るべきであると思っている。同じことを語るのでも、経験からくるものは本当に納得してもらえるからである。

 酷暑に向かってふさわしくない例えではあるが、「西高東低、冬型の日本の典型的な気圧配置で、シベリアの高気圧が太平洋の低気圧に向かって大気が移動(風)して、途中日本海の湿気を運んで来て、日本の上空で雪になり降雪となる。」

一般論でありこの話を聞いても全くおもしろくない。これが午後1時半頃のレクチャーであったら多分大半の聴衆は居眠りに入ってしまうであろう。

これがである。『昭和47年3月の初め、(と来ると居眠りも止まり始める)私と島野さんという一年上の人と東名の栗東から関が原の近くを大阪に向かって走っていたときのこと。(ここで現実味が出て来て、完全に聴衆の目は覚める)時刻は3時過ぎだったと思う、山と山の間を抜けるように、右に大きくカーブし、そして左山裾に沿ってカーブしたとき、突然白線を引いたかのようにそこから先が雪。何と何十台も車が衝突していた。(ここで聴衆は完全に身を乗り出す)タイヤは外れ、ラジエターが落ちた車もあった。突然の雪で車はスリップし、次々と追突していった。我々の車も、危うく巻き込まれる所をうまく事故車の間をぬって抜けた。後ろの車は衝突した。これは(ここから本題)西高東低で日本海から雪が運ばれ、ちょうど若狭湾から関が原まで山がない。今度家に帰って地図を見るとよく分かる。(これで聴衆は完全にのめり込む)この合間を抜けて、湿気を伴った大気がこの小さな山にぶつかり雪になるのです。だから白線で引いたように雪になっていたのです。』

 たったこれだけの事でも、この体験からの話はものすごい説得力を増すものになる。この話、私の本当の体験(よく難を逃れたと、我ながら今でも感心している)で、今でもこの場所は毎年大惨事を起こしているところである。したがってこの体験は、西高東低を語るのにも、交通事故の大惨事を語るにも、(高速)道路の設計(ありかた)を語るにもつかえる話になる。聞く人も納得してくれる。

 講演だけではない。我々はコミュニケーションの手段として会話をする。自分で体験したことには説得力があり、見たことも体験の一部だが、聞いたことは体験ではない。

 失敗の体験も参考になる。成功事例のきれいな話ばかり聞いていると作り話のように聞こえたり、美辞麗句もすぐ聞き飽きるが、失敗の体験は聞く人にも心に残るものである。「やっぱりこの人は俺と一緒で失敗もするんだ」と安心したり、「どのように解決をしたか」興味を持ったりする。失敗体験には必ず対策が存在するからである。

 私は幸いにサラリーマン生活の中でいろいろの体験をさせていただいて来たが、それでもまだまだ未体験は山ほどある。このエッセィをしたためているのも初体験での挑戦である。経験豊富な方には、起承転結、文章の回し方、言葉の送りなど、いらいらされてお読みいただいておられるのでしょうが、私にとっては初めてのこと。どなたかにご指導いただくか、自分を体験と勉強でレベルアップするか他ないので、お許しを願いたい所だが、これも体験。きっとそのうち、スラスラ書けるようになるのではと期待するところである。

 例えその体験が失敗に終わったとしても、それは貴重であり次は必ず成功に近づく。同じ失敗でも一度目は失敗と言えるが、2度目は何と言いましょうか、三度目になると“アホ”とか言いようがないなどと言われるが、体験は貴重。体験なくして大きくはなれないと断言できるような気がする。

 三現主義などと言われるが、これは全く体験経験に他ならない。とくに失敗体験は必ず成功に結び付く。いかに多くの体験をするかが自分を大きくする元だと思うのです。最後は成功に、そして自信に、達成感になる。

 私はしばしば、雑誌や新聞のインタビューや、多くの関係者から自分の将来について尋ねられたことがある。その都度答えは「プレーイングマネージャーになりたい」とか、「現場にいたい」とか述べて来たのはこの所以である。


(来月は『攻めと守り』です。お楽しみに)

          (株)VPM技術研究所 所長 佐藤嘉彦 CVS-Life, FSAVE

                     佐藤嘉彦 著 エッセイ集 「千載一遇」より