嘉彦エッセイ


第30話(2006年9月掲載)


         



『二兎を追う』


 世の中には真面目を地で行くような人がいる。一つ事に熱心でわき目も振らずに真剣に取り組む姿は見るからに美しく見えるものである。その点、色々な事に手を出し、虻蜂取らずになっている人は、中途半端でいいかげんな人の様に映ってしまう。

諺には『二兎を追うものは一兎も得ず』とあるが、私は三兎も四兎も追うべきであると思っている。

 一つ事に熱心になることは素晴らしいことであるが、それを更に大きなものに仕上げるには別のことを常に追い続けると良い。作家を兼ねるある精神科医は、医学の勉強をする書斎と執筆活動をする書斎をしっかり分けているそうだ。そして、医学の勉強に飽きたら部屋を移り、執筆活動に没頭する。疲れたらまた部屋を変えて医学書を紐解く。双方にいつも新鮮さが生まれて、効果的に時間が過ごせると言っていた。もちろん我々のように、一つ部屋を、寝室にしたり書斎にしたり居間にしたりしている凡人たちには、物理的に不可能なことだが、彼は気分を変えて双方の成果を上げることに役立てているのである。

 私の体験でも同じようなことがある。ある自動車会社のサラリーマンをしっかり(?)まっとうしながら、スキー連盟の仕事を引き受けていて、ある時そのスキー連盟を法人化することになり、責任者(当時の神奈川県隙連盟での佐藤のポジションは副理事長兼法人化室長だった)となって相当量の時間を投入したことがある。時には何か馬鹿馬鹿しくなってみたり、所詮飯の種ではないからと思ってみたり、心の中ではいろいろな葛藤に悩まされつつ、結果として法人化を成功させたことがある。仕事とは全く異質のことで、民法と役所が相手。民間企業にいる自分にとっては全く新しい世界。時には時間的に仕事をディスターブしたこともあるが、この経験は自分にとっては素晴らしいものであった。その間に実は自分の専門の書をしたためていた。毎年1冊ずつ出版していた。仕事と法人化時著作活動、いずれも半端ではないこと。これが精神科医の先生と同様で、今VEの本を書いていたかと思うと、一本の電話でコロッと法人化に変わってしまう。なかなか頭を切り替えるのは大変ではあるが、切り替わったときの冴え方は始めた時以上のものである。会社を終えてスキー連盟の理事会に出る。先程まで仕事の話に追いかけられていたのに、今は雪上行事の運営の在り方を激論している。なかなか新鮮なものである。

 そういえば、仕事がおもしろくなった入社三〜四年の頃、学生時代からの趣味は佳境に入っていたし、将来の伴侶たらん人との熱い一時も過ごしていた。(私は片想いばかりでなかなか成就しなかったが、でも一生懸命燃えていた)結構器用にいくつかのことをこなしていたはずである。そして取り組んでいる課題(?)には誠心誠意心を傾注し、夜、夜中まで彼女の家の前で待っていたり、疲れなど感じない時期があったものだ。

ある年代に入ると熱中するものが少なくなり、毎日が同じように過ごされて、ただカレンダーをめくるのみの生活になってしまう。少々寂しくありませんか。

私の提案は、いくつか異なったジャンルの何かをお持ちになりなさい。夢中になる世界を持たれたらいかがかと言うことである。

いくつかあると、それぞれには必ず全体に共通することがあり(多くの場合、共通項が半分以上占めるものである)必ずしも異質と言い切れないことが多く、残りの異質の部分にはそれぞれの特徴があり、他のテーマへの刺激やアイデアやヒントにもなる。参考になることは多いものである。そして経験が増えればまた自信にもつながってくる。

どれかがうまく行かなくなって腐りかけても、他の方に一時的に熱中することで嫌なことも忘れられるし、気分が戻ったらまた前のテーマに戻ればよい。その何かは、法に触れるようなことでは勿論適わないが、それ以外なら何でも良い。人が何を言おうと自分が夢中になれるものであるなら何でも良い。ボランテアでも、スポーツでも、ゲームでも真剣に取り組む事のできる何かを持てば良い。夢中になると何でも上達したり達成できるようになるものである。

今の私は…昔ほどアグレッシブではないかもしれない、エネルギッシュではないかもしれない。それでも性分なのか、コンサルタントの仕事の傍ら、新しいことへの挑戦も続いているし、夢も実現するように追っている(なかなか実現しないが・・・)。月に1回はこのエッセイを開くのもその一つ。追い続けると風など引く暇が無くなる。血糖値は高いがすこぶる元気な毎日だ。

 私は無趣味で・・などとおっしゃる御仁にも、夢中になる何かの趣味を持つことをお勧めしたい。

(来月は『兄弟げんか』です。お楽しみに)

          (株)VPM技術研究所 所長 佐藤嘉彦 CVS-Life, FSAVE

              佐藤嘉彦 著 エッセイ集 「千載一遇」より