嘉彦エッセイ


第34話(2007年01月掲載)


          



『鶴の一声』

前号の予告タイトルを変えて・・。


 年が明けました。皆様新年おめでとうございます。今年もこのエッセーをクリックしていただきありがとうございます。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

 年が明けると、各企業においては「社長年頭の辞」なる儀式が多く開かれる。その昔は会社の講堂に社員を集めて、国歌斉唱、社歌斉唱、そして社長が登壇して、所信を述べる。こんなことが毎年行われ、社員は暖房の効かない講堂で(社長の一言にではなく)寒さに震えながら拝聴したものである。しかし、ITの進んだ今日では形態は随分変わり、社長は社長室で話をし、電波かオンラインで各事務室にあるテレビ画面や各自のPCのモニターでありがたいお言葉を拝聴する。少々皮肉っぽく書いたが、聞く側はそんな気分で頬杖をつきながら、時にガムをかみながら聞いていたりもする。随分様変わりしたものだ。

 実はこの訓示、とても重要なことでありながら、前述の皮肉のような捉え方が多く見かけるから困ったものだ。

 原稿を作った社長は(勿論スタッフに相当部分書かせているケースは多いようだが)この1年、自社をどのように方向付けしていくか、結構悩んで書き、社員全員に浸透するつもりで、誠心誠意訴えているのである。カメラに向かってしゃべり終わった後、きっと自分の思い入れは幹部を中心に実現してくれると確信して、渇いたのどに渋いお茶を流し込むのである。そして(余分だが)「今のわしの話はどうだったか」と身近な秘書などにお世辞の答えを無理やり言わせて、ひとまずほっと満足感に浸るのである。

 さて、その困ったものだと言う点は社長の意図を聞き流してしまうこと。特に数値が出てくると言うことは、それは具体的なコミットメントなのだ。数値をどのように自分の部署は達成しなければならないか、それはいつまでに実行しなければ社長の意図する経営的数値に到達しないか、受け止める人が極めて少ないことが問題。

 技術的な目標については、なかなか数値化できないことが多い。こんな技術で競合各社に立ち向かい、こんなストーリーで勝ち組になっていく。ゴールの姿をお話されても、聞く側が勝手に解釈し、社長の意図はその段階で崩れていってしまうのである。

 要は真摯に受け止める習慣が最近の企業に見受けられなくなってきているのである。

 年頭の辞に限らない。佐藤の職業柄多くの企業を訪問しているが、「社是」や、「本年度の方針」、「所長方針」「品質月間の呼びかけ」「環境宣言」などなど・・・多くの方針が掲げられている企業が多い。内容を良く見るとすこぶるまともで、その方針通り仕事をしたら品質不良は激減するだろうし、安全も徹底するだろうし、収益や競争力も計画に沿って達成に向かっていくはずである。成功している企業の多くは、この徹底が行き届いている。そして社長から従業員まで金太郎飴なのだ。逆に、低調な会社の多くはトップが意図した目標や方向を勝手な解釈から湾曲させて下位に落とし、結果目標と程遠い結末になる。実はこの姿が多くの企業に見られ、トップ方針を徹底している企業が少なくなっているのを私は憂いているのである。

 なぜ、こうなるのだろう。これはオーバーにいうと(オーバーでなくとも?)組織崩壊現象ではないかと思うのです。組織は指示事項と合議で決めた事項、決定の仕方はこの2つしかない。ボトムアップで何かをするのは、その方針に向けたアクションだ。いずれも決定事項でそれに沿って組織が動く。結果が評価を受ける。日本の組織がこの仕組みを崩してきているのではないか、それで競争力を失ってしまっている。この要因に気付いていないのではないかと思う。達成してもしなくても評価は差して変わらない、しからば楽なほうを選択してしまう。

 1997年にマイクロソフトにある方を訪ねた。土曜日なのに出勤していた。(彼は当時Office2000を開発していた。)彼は私の質問に答え、「これが成功したら報酬がいくら上がる。成功しなければここに居られない」と答え、「現に昨年他のプログラムを成功させていくらサラリーが上がった」と数字も言っていた。「ビル・ゲイツとしっかり約束してあって彼は約束を守る(サラリーを上げた)」とも言っていた。こうなれば土曜も日曜も関係ない。

くるくる変わる鶴の一声も困るが、管理しない鶴の一声も困る。鶴の方にも問題がある。でも他責にしてはならない。組織は鶴の一声で右にも左にも曲がらなければならないのだから、まず言われたことをしっかりやる。やれなければ実行前に目標について議論をする。そのプロセスを経ずに勝手に目標を変えるのは卑怯なやり方だ。そういえばサラリーマン時代、退職する当時の社長は3年同じ訓示をした。「お前達は何回言っても効かないから・・」とも言った。私は話のネタが無いのではとかかんぐったが、今考えると素晴らしい方針であった。そもそも1年で達成できる体質改善など無いものだ。

社訓や工場長の方針、環境方針、品質方針・・・いろいろな指針、本当に良いことを書いてある。経営方針・数値も生き延びる絶対の方針。さあ声を発するお方(鶴)、それを聞いた方々、今年はどのようになさいますか。

(来月は『愛社精神』です。お楽しみに)

    (株)VPM技術研究所 所長 佐藤嘉彦 CVS-Life, FSAVE

              佐藤嘉彦 著 エッセイ集 「千載一遇」より