嘉彦エッセイ


第35話(2007年02月掲載)


          



『愛社精神』



教育基本法が久々に改定され、『愛国心』なる言葉が話題になった。日の丸や君が代に対する問題も随分議論になった。教育基本法の中身は良く分からないが、私は日の丸は大好きで、オリンピックなどの表彰台の上に高らかに上がったときには涙するほどの感動を受けるし、仕事の関係で進水式に呼んでいただいたときには、胸に手を当て、日の丸をしかと見つめ、声高らかに君が代を歌った。そのときにはモノ作り屋の一人としての生業があるだけに、その大きな船を作った方々の感動を私も頂き、感無量の涙さえ浮かべながら、胸を張って歌ったものだ。その造船所の副所長さんに「大きな声で歌っていましたね」といわれたがどうやら、余り声を出して歌う人は近年少ないようだが、私は歌う。決して右寄りとかではなく、どんなプロセスで決まったかは別にして、公式に日本国の国家、そして国旗と決められて久しく経つものを、私は良い悪いでなく、私の国の国家であり国旗として誇りを持って臨んでいるから。歌うし涙もする。

ここまでは愛国心に関する話だが、これからの話はある時2年後輩のA君が「よしさん…」と声をかけてきたことから始まる。佐藤姓が多いことからか、私のことを名前の嘉彦の嘉を取って“よしさん”と呼ぶ人が多かった、その“よしさん”である。

ずいぶん昔のことだが、いすゞ自動車は低迷する乗用車の販売に活路を見出すために、デイーゼルエンジンを搭載して燃費を売り物にする戦略を立てた。当時大衆車として人気があったジェミニにデイーゼルエンジンを搭載して発売したのである。私はそれまで愛用していた車の代替期で、せっかく買うなら1号車を手に入れたいと思い、A君にそんな話をしたら、彼の発言は『よしさん…止めた方が良いよ。もう少し待って市場の不具合が解消してからの方が…』とのことだった。少々カッコ良すぎるかもしれないが、私は彼の胸座を掴んで殴り飛ばしてやろうかとさえ思った。もしまだ不具合が解消されておらずに見切り発車(発売)なら我々社員が率先してその車に乗らなければならないと本気で思ったのである。もう一面では、われらが設計人がそんな問題を残すはずがないと確信してもいた。

  ある時、これも2年後輩の今度はB君と浜松近辺の取引先に向かう過程で、東名を走っている時のことである。高速道路上の側線で、遥か彼方にハザードを点けた大型トラックが停車しているのを発見した。私は追い越し車線から走行車線に車線を移し徐々に速度を落としてその車に接近した。そしてその車の横を通り抜ける際に、更に減速して車を確認して「アー良かった」と独り言を言って再び加速し追い越し車線へと車線を変えていった。B君は「どうしたのですか」と問いかけた。私は「いすゞ車でなくて安心した」と返した。B君は特段感じることなく会話はそれで終わった。私は、そのトラックの運転手さんがきっと困っているだろう、その困る原因を我々が作ってしまったとしたら、これは申し訳ないことだと思っていた。他社製の車で、少しほっとしたのだった。

 これも随分昔の話だが、今でこそ缶ビールは全てアルミ製だが、その昔には鉄製のものがあった。あるとき新日鉄の方々とお酒を飲む機会があったが、そのときに銘柄に関係なく、スチィール缶

を選んでいた。それも徹底してスチィール缶に拘っていた。少しでも鉄の消費量が増える事を狙っていたのだ。なんか嬉しくなってスチィール缶のビールが世の中で市場1位のビールのように思ったものだった。

 仕事柄、工場を視て回ることが多いが、良く現場にちょっとしたごみや小物の部品(ネジなど)が落ちていることがある。一緒の案内役で回る方が、そんなごみをさりげなく拾っていく姿を見るとほほえましく感じ、きっとこの工場は整理整頓も行き届き、不具合も少ないのだろうと感じるものである。こういう工場は約束が守られたり、自主活動が活性化したりもする。明るく良い雰囲気の工場になっているものだ。

私達が家庭でごみが落ちていたら拾いますよネ。特段のことをしでかしているなどとは決して思わない。自分の大事な家を美しく保つのは当たり前だから。当たり前とかあえて考えないのが当たり前。「愛家精神」なる言葉は存在していない。

でも工場ではなかなかこの当たり前のことが出来ない。だからあえて会社を愛する、自分の会社に誇りを持つ心を「愛社精神」という言葉にしたのだろうか。ごみが飛散しても、入り口に雑草が生えていても、気にしない社員が多いこと、モラルが云々と幹部が社内報や朝礼などで演説を垂れることを多く見かけるが、押し付けている工場こそ幹部が率先垂範していないことが多い。逆に美しい工場は幹部も社員と一緒になっているし、社員もそのように習慣づいて、美しい工場が維持されているものだ。工場に花壇が競って作られていたり、早めに出社すると、その草花に水をやり手入れをしている姿がほほえましく映る。そういえば躾とは身が美しいと書く。美しくなろう。


(来月は『体質改善』です。お楽しみに)

    (株)VPM技術研究所 所長 佐藤嘉彦 CVS-Life, FSAVE

              佐藤嘉彦 著 エッセイ集 「千載一遇」より