嘉彦エッセイ


第38話(2007年05月掲載)


          



『昔の名前で出ています』


 先日中学校の同窓会が何年かぶりに開かれた。先生もご出席されて、髪の毛の数と太さが大いに気になったりした。

 中学時代にいろいろの面で注目したり興味をもった人がいた、頭の良かったA子さん、いつもリーダー格だったB君、美人だったCさん、将来絶対ワルになるだろうと予想したD君、片想いをしたE子さんなどなど、47年の歳月は当時を十分思い出させてくれて、本当に47年も経ったのか信じられない感覚に陥ったものである。しかしじっくり話しているうちに、まーあの頃はすべすべしていた美人だったF子さんもこの皺の数は何だ!。G君など安全な頭になって(毛が=怪我なくて良かった)、きっと街で突然出会ったら分からないのではないかと思うようであった。良く考えたらこちらもしっかり、相当薄毛の白髪頭になっている。自分の変化に気づかず、他人のことばかりが気になったものである。もし毎日会っていたらお互いに全く変化に気づかなかったのではないかと思う。

我々毎日の生活は常に何事も延長線の上で行われている。変化があったとしたら全く経験のないことに遭遇した時であり、その処置は日常生活では親や他人の行動、会社では過去の経験を紐解いたり、他社の事例を探ったりして、結果的には過去の経験の延長線上に位置してしまうことが大半である。

 CAD(Computer Added Design)なる便利な設計方法が導入されて幾久しく時間が経過した。多分40年以上経つのではないか。とても便利で、従来の設計データーを活用して新規の設計を行う。一見良いのだがこれが困ったことに「昔の名前で出てきます」なのだ。小さな問題は無視され、新たな発想が織り込まれず、旧い発想が繰り返されてしまうからだ。私はCADをCopy Added Designと呼んでいる。

私達にはついつい大きな問題でないと「まっ良いか」で物事を穏便にすごしてしまう修正がある。これを機会にレベルを上げようとか、流れを変えようとか、革新的発想をせず従来の延長線上に思考を置いてしまう。問題意識を持たなければ、自分では気づかないことが多く、誤りさえ見過ごしてしまうことがある。

では、どうしたら気づくか、問題意識を持つか。1996年だったか、日本のVE訪問団の一員として南カルフォルニア大学にナドラー教授を訪ねたことがある。彼は日本でも翻訳されている「ブレークスルーシンキング」を提唱した学者だ。彼曰く、「理想を描くこと、夢を語ること」と解説された。とてもよい発想だ。

実は私は自著にサインを求められた時に書く言葉に、「Value Engineerは夢追い人」と度々書いてきた。ナドラー先生の言葉に良く似ている。夢を追った時、理想形が見つかるし、それに少しでも近づけようと発想が始まる。何も製品図面だけの話ではない、小さくは家族や身近なサークル、大きくはボランティアの世界や会社の仕事、いろいろな出来事や企画、なんにでもこの考えは通用する。この発想で臨むと保守的=昔の名前で出ていますから革新的=夢追い人の世界になれるものである。



(来月は『首位打者は打率一割』です。お楽しみに)

    (株)VPM技術研究所 所長 佐藤嘉彦 CVS-Life, FSAVE

              佐藤嘉彦 著 エッセイ集 「千載一遇」より