嘉彦エッセイ


第39話(2007年06月掲載)


          



『首位打者は打率一割』


最近のプロ野球は有力な選手がFAやポスティングでアメリカのメジャーリーグに移籍して、本場アメリカでも活躍する選手が多くなった。近年の話題は松坂の移籍であり、それ以前で活躍する選手にはイチローや松井がいる。イチローに至っては、米国でも名選手の誉れ高く、4割に行くか・・何年か前に話題になったが残念ながら到達できなかった。0.35で終戦。

 わが憧れの昭和のヒーロー、長嶋茂雄は終身打率0.303、引退直前の頃は打てなくなり、終身打率3割の記録が崩れる事を冷や冷やして見ていたものだ。ホームランは444本だった。

野球選手で打率は3割を打つことは超一流である。

これらの計算式はヒットを分子において、分母は打数。空振り、ファールスイング数で考えると一割行くか行かないかであろうとかねがね思っていたのでこのタイトルをつけた。

実際に、調べてみた。ちょうどSAVE(アメリカのVE協会)の大会が開かれるHoustonで、大会前にメジャーリーグの野球をJerry Kaufman、Craig Squires氏らと観戦する機会があり、ほぼ正確に(と言うのは、実際のゲームに気を取られ、何球か記録漏れがあったと思う)記録してみた。ゲームはアストロドームでHouston Astors対Cincinnati Redsの1戦。

アウト数は23回(ダブルプレーが含まれて実質24回、即ち5回表までのゲーム半分のスコアーだ)。

見逃しストライク=18球、

スイングは、空振り=27、ファールボール=20、ヒットは9本、エラー=2、それにアウト23:合計=81スイングである。(内グリスビーJr.のホームランが含まれる。彼は練習中から素晴らしいあたりを連発していた。)この日はどちらかというとヒットの確率は高く、半ゲームで9本=ゲーム換算18本、普段はこれより少なめだ。得点は5回表で4対1、その後逆転の逆転で結局8対7でHoustonが勝った。大味の試合だった。

フォアボールは40球あった。これは投手が避けたことにして打率の分母から除外する。それ以外に送りバントは2、これも打者にとって自分の意思でないので除外する、超ファインプレー(これが大リーグ)が2つ有ったが当然アウトに含めた。

 分子がヒットの9、見逃しのストライクは手が出なかったこともあるが一応打者が避けたことにして分母から除外し、結局打者の意思で打った数を分母にしてスイング81、打率は0.111だ。大味のゲームだったので1割を少し上回ったが、概ね予想通りの確率になった。見逃しを入れるとなんと0.09となる。1割に満たない。これはメジャーリーグとは言え、全選手が3割バッターではないことも考慮しよう。

観衆の多くは自軍の勝利に向けて声援を送り、ひいきのバッターの一挙一動には目を離さず追う。ファールも空振りも見ている。公式の打率的には30%の打率に感嘆しているわけだが、一挙一動的には10%に感嘆していることになる。

野球での一流の証は前述の通りだが仕事や日常生活ではどうだろう。仕事における品質や安全、目標管理においては絶対に十割打者でなければならない。3割などでは到底済まされず、十割でも競争に勝ち残れないかもしれない。

Houston に滞在中にNASAを訪ねた。アポロ13号の劇的帰還(酸素供給装置の故障)の際に、ミッションコントロール(地上司令室)の司令官は、「Failure is not option」(失敗は選択肢にない)と語り、無事帰還の100%の確率を求めている。これは当時の司令官であり月にも飛んだ宇宙飛行士Fred Haise(基調講演をした)がこの話をした。

我々の生活の打率はどうであろうか。多くの人が十割打者、即ち完璧を求めているようだ。家庭生活でも日常の人間関係でもしかり。僅かなことに起因する好き嫌いも顕著に出て会話も途絶える。独りでも生きられる社会になっているのでなおさらである。隣の人とメールで会話しているとも聞く。子供の教育などには更に顕著に出て、教育ママ・パパが横行し、成績はどうか、塾へは行っているか、しっかりやっているか、子供からすれば親の100%主義ははなはだ迷惑なのだ。最近の犯罪の中には高名な家庭や医師の家庭などに想像できない事件が起きている。いずれも厳しい目標が原因となった事例が見られるようになった。

そう何事もきっちりは出来ないし、そうしていたら息切れする。これはぎすぎすする元になりそうだ。それを求めすぎると余裕はなくなり、あげくの果ては見えないところでごまかしたり、段々大きなことになって来る。

佐藤は62年の人生を過ぎた。家庭(3人の子供と孫が一人いる、両親も今は片方になったがいる)を持ち、仕事もサラリーマン37年、以降コンサルタントの道を選んで約10年、過ぎ去ったことは大過なく過ぎたように思うが、十割を目指したことは多くあったように思う。事件にこそならなかったらきわどいことも多くあったように思う。今思えば恐ろしい、そしてラッキーだった。

やはり何事もほどほど、1割バッターで充分一流選手なのだと自分に(特にこれを書いている佐藤に)言い聞かせて、ゆっくり、のんびり、そして少し抜けた人生が、楽しい人生なのかもしれない。さて、どうやって実現させるか・・・。

(来月は『社会は家庭』です。お楽しみに)

    (株)VPM技術研究所 所長 佐藤嘉彦 CVS-Life, FSAVE

              佐藤嘉彦 著 エッセイ集 「千載一遇」より