嘉彦エッセイ


第124話(2014年10月掲載)


          



『お・あ・し・す・さ』


  私の孫は近くの相模原市立共和小学校に通っている。
時折放課後を預かっていただいている“学童(保育)”に孫を迎えに行くことがある。
先日校舎の屋上の手すりに大きな文字のひらがな看板が掲示してあることに気づいた。
表題の、お・あ・し・す・さ が、各々一文字ずつ掲示されていた。いつからあの看板があったか孫に聞いたら「知らない。
前からあったみたいだよ」の答え。そういえば共和小だけでなく、いろいろな小学校で見かける光景だ。


この言葉の意味は、今さらここで紹介するまでもないが、小学校で爽やかな挨拶をする教育の一環の言葉になっていて、

「おはよう」

「ありがとう」

「失礼しました」

「すみません」

「さようなら」の5種の挨拶の頭の言葉をつないだもの。
砂漠のオアシスにちなんで、爽やかさを生活の中に取り入れようと始まった運動の様だ。


    毎週木曜日、孫にとってはスイミングの日。プールが我が家に近いこともあって、彼は木曜日は学童から一人で我が家に立ち寄る。
玄関で大きな声で「ただいま!」を叫ぶ。こっちも負けずに大きな声で「お帰り!」を返す。
お・あ・し・す・さ には無い“た”が加わった訳だが、学校教育は“挨拶”を教えてくれているわけで、
あの元気な声を聞くとひと安心となる。孫たちが我が家に来た時には玄関から大声の挨拶で元気になる。



   私は、今の職業(コンサルタント)になって約17年を過ぎた。私を雇ってくれている企業さんに出向き、
しかるべき部屋にたどり着く。多くの場合、そこには私と共に学ぶ人たちが待っている。
部屋に入るドアーを開け乍ら早々に「おはようございます」を言う。挨拶は孫に倣ってもいるが、
その昔サラリーマン時代に上司の部長が部屋に入ってくると、比較的大きな声で自分の席に向って歩きながら「おはようございます」と
部員に丁寧にあいさつをしていたことを思い出して、私も同じ口調であいさつしながら部屋に入る。
先日は講演会場に入る時、既にお待ちいただいていた方々にそうした。同じ口調で言うと彼を良く思い出すものだ。


     いくつもの企業さんにお世話になってきているが、良く思い返えしてみると、社会人はあまり挨拶をしないことに気づいた。
私の指導会が始まる、もしくは終了する際にきちっと号令をかけて挨拶する会社もある。なかなか身が引き締まって結構なシーン。
この後のテーマに入っていくのにとても良い滑り出しになるが、これは極めて少ない例。
この会社は社長はじめ管理者がしっかりしている。多くは三々五々集まってきて無言で席に着き、
開会宣言もなく、ズルズルと始まる。


     いつぞやもこんな出来事があった。ある会社での午後、会場がいつものところではなく、
私は食堂から荷物を持ってその会場に一番乗りした。開始時間が近づくと、バラバラと人が集まるが、
誰一人挨拶をしない。私に対してだけではない、同僚同士でも無言。何か雰囲気が殺伐としてきた。
時間が来たがリーダーが来ていない。既に前回の続きの作業であり、遣ることは概ね分かっていたので、
自然に討論が始まった。静かなスタートだ。活気がない。自分から積極的に‥発言する人もなく、
少し格上の人が白版に何かを書きだしたら釣られて小声で発言、少し会話になるが、
全員に向けて会話しないものだから話題が途切れる。なぜみんなに語らないのか。
思い付きに気づいた人が黙って白版に追記する・・・なんたる殺伐とした雰囲気か。大脳は全然活きていない。

企業コンサルタントの中には、挨拶に始まり、大声で唱和しながら問題や答えを叫び合わさせるコンサルもいる。
「なんだ、あれは?」と批判する人もいるが、黙ってシーンとして進めるより、よっぽどか活性化する。


   台湾には5Sならぬ6Sと言う文化を持ち込んでいる企業にその昔出会ったことが有る。
日本の5S(整理・整頓…)に加え“整軍”で6S。全員が整列して、大きな声であいさつをする。
ここでみんなの闘う心を整えるから“整軍”。前述した企業の例やコンサルの例に通ずるもので、
声を出し合うことは大脳を刺激し、チームワークや活性化には効果的な手法だ。大きな声で会話する習慣も生まれる。

そもそも人間の大脳は(何回もこのエッセイで書いているが)言語信号を受けて脳は活性化する。
信号がなければ単なる脳味噌。脳が動いて初めて優れた発想に転ずる。更にいうと明るい雰囲気で脳はますます活性化する。
プラス思考の会話が元気を出していくように、スポーツをする前のウォーミングアップと同様、滑らかに回転するようになる。



   家庭でも、前述の玄関での「ただいま!」ではないが、朝起きて顔を合わせたら「おはよう」は何処の家庭でも言っている事。
皆さん「いただきます」は言っていますか。
我家では、食卓の準備をしてくれた家内が席に着いて「感謝して、いただきます」で食事は始まります。



    小学校で教えているのに、なぜ家庭や企業はその良さを導入しないのか。照れたり恥ずかしがっている場合ではない。
何度かやればもう当り前になる。



   そうそう私は講演の最後のシートは必ず「我々に意識改革はできない。行動を変えることだ」と締めくくる。

社会人も「お・あ・し・す・さ」すれば良いのだ。

そこから元気が始まる。 




    (株)VPM技術研究所 所長 佐藤嘉彦 CVS-Life, FSAVE