嘉彦エッセイ


第54話(2008年12月掲載)


          



『挑 戦』

 春先には「就活」と言って(新しい単語にもなったが)、学生諸君の新しい人生を決める受験シーズンがあり、夏から秋にかけて、社会人にとってはいろいろな資格試験のシーズンだ。そして、お正月を迎えると共通1次試験・・・それ以外に英検や、色彩の資格者や、冬季では私の趣味の世界(スキー)の資格試験、官民主催の趣味から職業を細分化した各種資格試験、何か日本は1年中試験をやっている国のように思えるが、他の国はどうなのだろう。

 私の職業に関連する資格でも技術士や中小企業診断士、そして専門のVEの資格では、今年度のCVS試験が10月20日に、VESが先日11月15日に開催されている。(ちなみにVELは常時実施されている。)

 私自身も良く色々な資格に挑戦したものだ。スキーの1級は2回落ちた。3回目に合格後は準指や正指は1回でクリヤーした。スキー場のパトロールの試験も苦戦しながら1回で受かった。

 仕事がらみでも、(ボート事業の)ガルーダ時代に溶接や危険物・クレーンの資格試験を受けたり、勿論小型船舶操縦士にも挑戦した。いずれも仕事上、その資格が無いと自分は勿論、会社も困るから必死だった。

 痛恨の極みは技術士だった。万全を期し、大枚払って日本能率協会の指導を受け、論述のテーマは自分で開発したTear Down を中心に管理技術について述べた。準備も万端に、そして速記の訓練は5月連休・夏休みを返上して行い、手がむくみ、箸を持つことができなくなった。試験後先生との面談で内容の報告をしたがお世辞だったのか太鼓判が、科学技術庁の掲示板に1113番はなかった。誰にも語らずそっと受験した。そしてそっと終わった。悔しかったが、その挑戦は自分に大きな満足と、後々の人生に大きな示唆を送ってくれた。資格取得以上の成果になった。

 今年度のVESの試験はとりわけ興味があって、その結果を首を長くして待っているのが実情だ。と言うのは今春、難産の末、

日米のVE協会から認定ワークショップ(WSS)の資格を取得して、初めて私の主催するWSSを開催し(受講合計48名)、最終修了者(45名)の中から何と23名もの勇気ある人たちが挑戦したからである。

 世の中には色々な資格があって、難易度もそれぞれである。そして何よりも、その資格がなければ生きていけなければ別だが、多くは、「有るに越したことはない」資格が多い。なければないでどうにでもなってしまう世の中にあって、まずWSS受講の勇気から挑戦は始まっている。忙しい中で実質80時間以上もの時間を割いてくれたのである。

更に、今回のVES受験は敢えて“恥を忍んで”挑戦してくれたのである。恥を忍んでとは、成功しないということではない。毎年の合格率や万が一の勘違いなど人間にはつきものの失敗を勘案すると100%はないからである。(実際に合格率は40%に満たないと聞く)

今世の中は、“やらなければ遣らないで済んでしまう”風潮がはびこり、フリーターだのニートだのと言われる種族が登場し、それでも十分生きてゆける。挑戦を避けた若者も救えと政治家が主張したりしているがいかがなものかと思うことさえある。

企業内でも、目標管理の甘い企業では、何かをすることが邪道のように思われることが多くある。「何もそこまでやることはないのに。失敗したらどうするの・・・」挑戦より失敗の汚点を残すことを忌み嫌うのである。そして平穏無事に過ごすことが最上の人生のように思う人が増えている。

挑戦しなかった人の目はとかく冷ややかなことを何度か経験している。小型船舶操縦士などは(こう言っては叱られるが)半分遊びがてらに受けたが、多くの資格は決してそうではなかった。私のCVSも技術士も、他社には多くの資格者がいて、残念ながら当時のいすゞには前者は皆無(自動車業界にいなかった)、後者も数人しかいなかっただけに、絶対合格したかった。しかし落ちることは知られたくなかった「感情の関」を抱いての挑戦だったのだ。失敗すればとかく「所詮あいつには無理なんだ」とか「だから言ったんだよ、うぬぼれるなと・・」とか・・・白けた批判が飛び交うのは必至だったからである。(相当のひがみ根性?を持っていた様だ)今考えればこのエッセイの主張のように胸を張って堂々と受験すれば良かったと思うが、やはり当時の感情は(環境は)それほど容易には受け入れなかった。

 それは実は今も感じることだ。たたえる人は多く存在するが中には、必ずしもそうでない人がいる。その人の顔がちらつく。自分に勇気がなかったことを転嫁してしまうのである。それだけに今回の挑戦者には、「よくぞ挑戦してくれた」とその勇気と努力を称賛したい。今回の挑戦者たちは、少なくもそれぞれ各社にその資格者がいない会社であり、逆に同業他社にはその上級資格者が沢山存在する資格。それだけに上級資格へのステップとしても通過しなければならない資格。それらのステップを踏んで漸く世間並みになる。その重たい責任も担ってくれての挑戦、拍手をしようではないか。

 もし冷やかに見る人がいたら悲しい。勇気も努力もしなかった人に批判する資格はないよ・・と言いたい。

 思い返すと自分の人生は挑戦の連続だった。資格だけではない。ひ弱な少年期から、運動解禁、それからの挑戦はいくつも、いくつもあり、小学生時代、徒競争で後ろの組に抜かれていた佐藤君が、高校2年の時には全校マラソンでテープを切ってゴールする選手に、年2回の全校マラソンで、卒業までに何と3回優勝は自分の人生を支える経験になったし、対外試合でも記録は残って行った。社会人になっての野球ももう一つ勝ったら“元国体選手”になれた。でもそこまでの道のりは凄い挑戦だったし、スキーも同様だ。そして仕事がらみの資格への挑戦。いずれも挑戦に伴う努力は今の支えなっている。

 これはどんなに冷ややかに周囲が見ようと、努力した人の勝ち。今日はここで言いたい。小さいことでも良い、先ず努力して挑戦してごらんと・・・心の中に素晴らしい資格が残るよ・・・と。

 VES受験者全員の合格報告を聞きたい。心から祈っている。

    (株)VPM技術研究所 所長 佐藤嘉彦 CVS-Life, FSAVE