嘉彦エッセイ


第56話(2009年02月掲載)


          



『第一線』


 スキーの指導を随分長いことやってきた。25歳で準指導員になり、その後正指導員に、たまたま自分のクラブに他に指導者がいなかったことからずっと長くクラブ員を、そして市の協会や県の組織の指導をしてきた。

 何年かの活動結果、私の所属するクラブには多くの準指導員や指導員が育ってきた。自分も負けずにしっかり滑っていた。技術的な努力もしたし、上部組織の役員などをするうちに、情報も豊富に入ってきて、技術の研究も加わり(うぬぼれ含め)自分に磨きがかかってくる。こうして第一線で体を張って活動していると衰えも少なく、研究も怠らずにどうにか50歳を超えてもまだ“若い人”に負けずに滑っていた。

あるとき、長野県北アルプスにある八方尾根ゲレンデの展望台と言う長野オリンピック滑降のスタート地点があるが、そこから私の得意レッスンの一つであるノンストップトレーニングで、名木山というジャンプ台のある最も下のゲレンデまで降りるレッスンをした。距離は3Km以上ある。相当のスピードで滑り降りる。私にとって過去に一度も抜かれたことがなかった“若い人”が、何と私より先に到着していたではないか。この時に決心をした。もう十分若い人が育っている、私を抜いた彼はすでに準指導員の資格を持っていた。たくさんの指導者がわがクラブにはいた。もう託そう、ここから私は指導の第一線から身を引くのである。時に52歳だった。

その後もクラブは問題なく新陳代謝を繰り返し、今でも毎年新しい準指や正指が生まれている。ところで自分はどうか…ここが問題である。技術の研究はおろか道具やワックスなどに対しても一昔もふた昔も前の情報でしかない。それでも“若い人”にあたかも自分は知っているかのような理屈を、それも年のカサブタを嵩に押しつけ、最前線の情報を否定して古い情報を押しつけてしまったりする。“若い人”は反論できず我慢する。正に年齢や上位者の暴力だ。これでも気付かずに自分が正しいと思い込んでしまうから怖い。情報を持っていないのだから敵うはずがないのに齢や権力で押さえつけてしまうのはいかがなものかと、はたと自分で思うことがこの頃良くあるものである。

仕事の世界でもたびたび見受けるところだ。第一線から管理者として立場が変わり、現場から離れる。実際の現場に立たない。欧米のように管理者の力があってなったと言うより、日本では「そろそろその時期(年齢)が来た」管理者が多く、管理のコツを知っているわけではない。いろいろな技術や経験があるわけではない。(多くの企業に見られるように)有るのは在籍年数と年齢だ。第一線では、営業は顧客のニュアンスから勘が働き対応するし、技術者はものつくりのにおいから不具合などをかぎ取る力があるが、にわか管理者にそんな力はない。自分の席で関係者からの情報に頼り、自分の知識は古いまま、それもあまり知らないままだ。

その昔、私のいた自動車会社に、動いているエンジンに手を添えてどこのボルトが緩んでいると指摘をした化け物のような技術者がいた。その人より若くして上位の地位についた管理者があーだ、こーだ言っていたがいずれも外れ、化け物の言うとおりボルトは緩んでいた。経験や技術とはこういうものだ。

管理者が報告を聞く、正しい報告があっても古い知識が否定をしてしまったり、知識がなく先入観で判断してしまったり、そして、誤った判断を年齢と地位で周囲に押し付けるのをしばしば見る。怖い、怖い・・。そして報告者は失望、時に相手のご機嫌を見ながら報告内容を調整してしまう。管理者が外れたことを言うのでもう相談さえしてこなくなる。意味がないからだ。

それでも見抜けない管理者が多くなっているのも第一線から距離が大きく開き過ぎるからと、無知からである。恐ろしい現象だ。なにも企業の技術者に限らない。行政や政治家などにも良く見られる現象だ。市民、国民の実態より偏った行政マンの“報告”頼みの執行をするから無駄が目につくのである。

持論を持たない、分からない管理者は、その瞬間から報告情報が頼りになる。その報告は報告者の裁量の範囲。報告者が客観的にものを見たり、事象の研究を怠らず、第一線の生の状況、更に客観的に世間と比較したり最先端の技術情報を報告してくれていればまだしも、推定や憶測で語り、それを鵜呑みにし、誤りを見抜けない管理者ほど恐ろしいものはない。そもそも世間と比較できる情報と判断力を持ち合わせないのである。古い佐藤指導員なのである。

事実と答えは、現地・現場・現物にあり。第一線でしっかり自分の目で確認していかないと、誤ってしまう。昔取った杵柄も錆びることがおうおうにしてあるので度々第一線に立ってみなければならない。しばしば仕事で私は、現地・現場・現物の「三現主義」を唱える。そこに事実と答えがあるからだ。


でも私はスキーを続ける。何も指導など別の世界に置いて、素晴らしいあのスキーは私の財産だ。教えたくなったら三現主義に戻ろう。そして体験したり事実を知ったらまた議論をしよう。白銀の世界は素晴らしい。「シーハイル!」



    (株)VPM技術研究所 所長 佐藤嘉彦 CVS-Life, FSAVE