嘉彦エッセイ


第61話(2009年07月掲載)


          



『旭山動物園』


 北海道は旭川にある、話題の「旭山動物園」がなぜこんなに受けるのか…どうも話はよく聞くし面白そうなので、かの動物園を見てみたくなり、実際に行って、観てきた。今月はその感想をお話ししよう。

 6月22日、北海道には梅雨がないと言われていて、安心して旭川まで行ってみたが、何と梅雨空、朝はしとしと雨が降っていた。前日の小樽でも思わしくない天気であった。しかし、目的の旭山動物園に着いた頃は青空の比率が6割くらい占める好天に転じ、腕時計の温度計(最近情報の一つになるかと温度計付きにした)は29.5℃にまで昇る絶好の日になった。

決して便利な環境ではない動物園なのに、何とバスの駐車場は満杯、平日なのに。そこかしこ、動物を求めて多くの人々が群がった。やはり前評判を超える賑わいだった。 さてなぜだろう・・。

動物園の規模は小と言っても良かろう。飼育している動物の種類も希少動物がいるわけでもなく、パンダやコアラなどの様に客寄せ動物がいるわけでもない。しかし、コンセプトがまず気取っていない。全体は地形的に自然を生かして作られている。旭山と言う山の中腹、斜面を利用して人工的にあまり手を入れず、少し削って段々の獣舎群。その中に人口ではあるが川が流れ、それぞれの動物の獣舎にもそれぞれの動物の好みに合わせ、動物にあった自然を取り入れ、建物もさしてお金をかけない。動物と人の触れ合いを楽しめる動物園。そして何よりもMade in Hokkaidoであることを感じた。園内で我々が食べるものもMade in Hokkaido…小麦粉がじゃがいもが、うどんになりラーメンになり、ポテトフライになり…北海道が一生懸命だと感じさせてくれる。

バイオトイレや分別回収などにも素朴さが現れながらしっかり将来を見据えている姿勢が読み取れる。一生懸命なんだ。

丘陵を利用した傾斜地の動物園であるために、高齢者用に構内をバスが運行しているが、運転手さんの親切さも気持ちを感じさせてくれた、駐車場の整理から売店まで意気込みが一緒・・・若い人もいるが恒例の男女が我々のお世話をしてくれる。この好感は次の訪問者を呼んでくる評判になる。やはり一生懸命なんだ。

いたずらに金を書けない施設、カンバンも手書きカンバンが多く、この動物園を守る人たちの気持ちが伝わる。お金持ちの企業や施設は、社内の看板でさえ専門の看板屋さんに発注するが、此処ではみんな手作りだ。一生懸命なんだ。

一生懸命とは別にこの動物園の施設としての特徴は、動物に緊張を与えない配慮、見る人に動物のリアリティを見てもらう配慮、これが世間で言う評判の中心(コンセプト?)だ。前者は、施設を必ずしも自然の型に作ってはいないが、金属や麻のロープで作ったものが中心の施設だが、ジャングルや自然の木々のように、揺れる鉄鋼製の柱、揺れる鉄鋼製の枝(支柱)・・など動物が求める機能はしっかり満足している。材料こそメンテナンスを考えた耐久性を考えたもので作り上げているが、動物側からすれば自分の世界(森やジャングル)と同じリズムが得られる所に安心がある。

後者の見る人に楽しませることでは、動物との距離がものすごく近い。ガラス越しにチンパンジーの手が握れるのではと思うほど接近できる。ペンギンはみている私にぶつかるのではないかと泳いできて、一瞬こちらが顔を避ける・・でも向こうは自分の家なのでしっかり泳いでかわす。オオカミの館でもカプセルの中からオオカミが身近に見えるし白クマもしかりだ。カプセルだから音は伝わらない。

レッサーパンダなどは、なぜ逃げないのか不思議な構造の獣舎で、全く柵一つが分離帯、しかし動物とは実際に触れ合うことはないうまい構造・・ここに見る人と、動物の接点があるのだ。これが話題の元になっていることであることが確認できた。なるほど・・ただ動物を飼っている所を公開している動物園との違いだ。

見てもらって初めて動物園・・この「顧客本位の原則」を忘れずに実践しているから受けるのだ。だからはるばる東京からも多くの人が旭川にまで足を運ぶ。希少動物でなくとも足を運ぶ。この一生懸命さが繁栄を呼ぶ。ただ汗をかいているのではない。脳みそに汗をかいている、一生懸命さなのだ。

動物にも気を使っている。多くの施設では禁止事項の張り紙を羅列して放置しているケースを良く見るが、ここは違う。財産は動物たちの元気さ。これを維持するためにカメラのフラッシュ防止の呼びかけ要員を何人配置しているか・・・ここにこの動物園の一生懸命さを感じ取れるのである。

さて、もう一つこの動物園で、私の仕事上で主張している三現主義が面白い形で表れていることに気づいた。チンパンジーの施設での出来事だ。従来の建物から高さをふんだんに使った建物に移したらリーダーが変わったとのこと。従来は「キーボ」がボスだったそうだ。しかし今はその息子の「シンバ」が実権を握るようになった。なぜか・・昔の獣舎は平屋で、下でどっかと構えていればみんなの動向が把握でき、ボスとして君臨できた。しかし新獣舎は、高さがある。高い鉄塔の上から全体を見たり、上がったり降りたり行動範囲が広い。餌撒きの時は、時にカプセルのトンネルの上にも撒かれる餌を誰より先に登って行って取る。キーボは上の方が嫌いで下に陣取る、行動半径が狭まり見えないところが増えてくる。シンバは行動半径が広くどこでも仲間の行動を把握できる。現に撒かれた餌をふんだくって食べている。ボスの貫録だ。要は現場をしっかり掌握しているのだ。こうしていつの間にかシンバが天下人になってきているのだ。この話を聞いてぞっとした。地位=役職をかざして威張っていても、現場で実践、現場を把握している人が実質的に天下人になる我々の仕事の世界を動物までが実行している。・・・このエッセーをお読みの白髪のお父さん、俺はパソコンが苦手だから、俺はその昔さんざんやったから、俺は・・と言い訳しているうちに実質的に天下を取られていることを肝に銘じてくださいね。そうならないためには怖くても屋根に登って投げられたバナナを取る・・その勇気と行動を興さないと、いつの間にか座る椅子がなくなるってこと。部下に何でも投げていてはだめですよ。

三現主義、三現主義、第一線で自分が率先することですよ。報告聞いていたら真実は見えませんよ。

旭山動物園のお話しでした。


    (株)VPM技術研究所 所長 佐藤嘉彦 CVS-Life, FSAVE