嘉彦エッセイ


第65話(2009年11月掲載)


          



『俺が遣った』


 迷宮入りの可能性が高い事件などで、こう言って犯人が出てきてくれるのなら喜ばしいことであるが、今日の話題は私たちの生活の中にある身近な事例をお話ししたい。

 家庭生活でも、仕事の世界でも、私のようにスキーの組織に加わっているボランティアなスタッフ生活の中にもしばしば出てくる言葉で、とかく自分の手柄にしたくなって、このような会話を発する人がいる。いや、私自身のことかもしれない。

 家庭生活では、この言葉を発した時点から、だいたい不和が生じていると思わなければならない。夫婦や家族の中で自分の手柄を披歴し合っても何もならないのに、それを強調する時には不和の一歩目に入りだしたと思ったら賢明だ。幸いなことに、今のところ我が家の家内からこの言葉を突き付けられてはいないが、グータラ亭主の私は、自分の存在感を高めるために時折使いそうになる。ふっと考えなおし「でも、あれは家内が一人で踏ん張ったな」「これは俺のいないときに一人で移動してレイアウトを変えてくれたな・・」など「結局俺って何かしたっけ?」が実態だ。

 会社や政治の世界などでは、その頂点に立つ人の功績のように人名が使われることしばしば。現在は鳩山内閣になったが、つい最近までの自民党政権時代は「小泉郵政改革」「小泉劇場」など小泉さんの名前がしばしば飛び回っていたが、民主党に政権が移ったら、今度は悪人のように言われてしまうから、個人名は何かと問題だ。

 久しぶりに(というより正確には初めて)自民党から政権を奪取した民主党は、鳩山さんが華やかに首相デビューをして幸夫人と色々なところで話題を撒いている。マスコミも首相の動向や、発言を追う。確かに一国の責任者であるが、一人でやっているわけではない。“年金の長妻さん”もいれば“ダムの前原さん”もいる“副総理の菅さん”が少し目立たないが、そのうち何かやるのか、目立たないから反発が始まるのか、政治家の先々は読めないが、少なくもそれらの人たちが活躍して内閣を構成し、『鳩山内閣』として個人名の冠がつくことになる。すべて鳩山さんが遣ったわけではなく分担しあって遣っているが、“鳩山”の名前がつく。

 私はスキーの組織の一役員を仰せつかっている。神奈川県スキー連盟の副会長で、会長は政治家が就任している。したがって実務は三人の副会長や専務理事がリーダーとなって引っ張っている組織だ。専務理事の下に三本部があって、組織が動いている(本当はこの三本部が踏ん張って支えている)。

先日こんな会話があった。神奈川県スキー連盟の70周年記念のパーティで、ある先輩が私に近寄ってきて「法人化は俺とお前で遣ったようなものだ」と私に言ってきた。サー考えた。確かに13年前に神奈川県スキー連盟は法人化を成し遂げた。当時私は副理事長兼法人化推進室長だった。その前の総務部長時代から法人化を推進していた。資金集めは大変だった。傘下の各協会の説得も苦難の連続だった。組織内の説得や役所との折衝の大半を引き受けていたと自分では思っていた。でもその先輩はそうおっしゃったのである。先輩は下部組織の市の協会の役員だったはず。比較的大モノの方ではあったが、役職的にはそう高くないポジションだったと思う。サー考えた。

 彼はきっと彼の協会の中で、反対者たちを巧く説得してくれていたのかもしれない。(でもあの協会は元々会長以下が賛成者だったしナー・・???)多額のお金を出して・・いやいや一般の方々と同じだったな。何の要素が「俺と」・・と言い出したのか皆目分からず「その節は色々お世話いただきました」と社交辞令は返したが不可解は解消しなかった。

 仕事の世界でも、何の世界でも全く一人で何かを全うすることはない。スポーツはこの例えがぴったりだ。プロのスポーツ選手、一人で戦うスポーツのゴルフにはキャディがついて歩いているし、本番前にはコーチがそれとなくアドバイスをして、ベストコンディションを作っているようだ。テニスの杉山選手には有名なメンタルトレーナーが付いていた。コーチでもある母も付いていた。オリンピックで活躍した荻原健司選手にはスタッフが30人も付いて、雪温を測る人、ワックスを塗る人、体をほぐすトレーナー、メンタルトレーナ-、そして作戦を立てるコーチや監督・・・がいた。各々重要な役割を果たしていて、一人の勝者を作るための最高の仕事に集中する。それぞれの人が自分の働きを全うして、仕事が完結していく。こうして荻原は金メダルを取るのである。金メダルは一つしか、それも選手にしか授与されない。

 私たちの生活の中にはたくさんの出来事があり、それぞれの人の努力でそれが成立する。よく問題になるのがその仕事量。更に難易度や重要度。それによって「俺が遣った」が変わってくるのだ。「お前は遣っていない」も出てきてしまう。その“お前”の方は、それでも精一杯やったことが評価されないことがよくあるため、ストレスが発生する。人間関係まで崩れることさえある。

鳩山改革できっと今頃役所はてんてこ舞いなのであろう。役人は新指導者に小突かれて夜を徹して予算を立てているのだろう。「俺が遣った」と言いたい、言っていいほど重要な数字を引き出した人もいるだろう。でもみんな石垣の石みたいに埋もれて目立たない。でもその石が一つ欠けたらガラガラと石垣が崩れる。重要な役割なのだ。

 神奈川県スキー連盟の財団法人化の話も、その先輩はきっと大きな支えの石になってくれていたのかもしれない。目立たなかっただけなのかもしれない。まずは、そう思えば世の中明るく平和になるようだ。

また自分に言い聞かせるエッセイになってしまった。


    (株)VPM技術研究所 所長 佐藤嘉彦 CVS-Life, FSAVE