嘉彦エッセイ


第75話(2010年09月掲載)


          



『モノ書きと記憶力』


 仕事の都合上、私の移動距離は毎月6000Km以上に及ぶ。長崎まで2往復はしているし、最近は大阪にもよく行く。新潟はもう14年も通っている。自宅から長崎まで、線路を繋ぐと1400Km弱だから、優に6000Kmは超えることになる。

山口県の田布施と言う田舎町にもよく通っている。仕事を終え、徳山までローカル線(失礼!山陽本線)で移動し、随分待たされて、広島まで“こだま”で、そして “ひかりRail-star”で大阪まで向かっている。「のぞみ停車駅」の看板はあるが、始発頃と終電頃にそれぞれ1本止まる程度。確かに止まるから「のぞみ停車駅」だが、恩恵に浴したことはない。

仕事を終えた新幹線の中のスーパードライはなかなかのもので、いい気分だ。今日の仕事を忘れさせてくれる。一杯頂いてひと眠りと思っていたら、来月のエッセイが頭に浮かんできた。毎月追われて書いているものだ。まだ時間がある・・・いや今やっつけてしまおう・・・それより日経ものづくりの連載はどうなるのか・・・それより、依頼を受けたVEの50頁分の共著の原稿は間に合うのか・・・考えているうちに、酔いはしっかり残っているが車窓の景色は夕陽を映している。眠りはまだ早い、そうだ今月分を早くやっつけよう・・・。

 毎月お読みいただいている読者には恐縮だが、このエッセイ、思いついた時に必死に書いている。確かに新幹線の車中で書いた元の原稿に今三島のホテルで手直しをしている。こうしないと出来上がらない。

読者からは、「佐藤さん話題が豊富で、良く書かれますね」とか「文才がある」などとか、お世辞300%の賛辞に乗せられてここまで書き綴っている。猿もおだてりゃ・・・の理屈に乗っているだけなのに。

 実は毎月続けることは至難の技で、(正直)文才のない小生にとっては、いつ逃げ出すか、そうだホームページを閉じてしまえば・・・と逃避の秘策の方がエッセイの中身より多いことがある。特に今月の様に、日経の連載とホームページに加えて、VEの思い入れを共著にしたためてくれ、と軽はずみに引き受けたテーマが重くのしかかって来ているのは、おっちょこちょいの証明である、と自分に言い聞かせながら、目一杯ストレスをためているのである。これでは血糖値やγ―GTPが下がるはずがない。

 元々文才などない、子供の時から芸術やモノカキで褒められたことはない。ただ、自分の考えを他人に少しでも分かってほしいと思うことは多分小さいころからあったのであろう。子供の時から良く発言はしたようだ。

 理想を追うことも良くあったことだと思う。決して正義感が強かったわけではないが、こうすべきだと思うことは強く主張して、結果顰蹙を買うことは多くあり、今でも嫌われの原因になっているようだ。三つ子の魂100までもが、今でも自己主張を繰り返し続けているが、憎まれもの世にはばかるで、これは長生きの元になっているのかもしれない。

(酒に酔うと、結構頭はなめらかに舞えるようで、新幹線の揺れが度々キーを誤って押して・・いやいや、単なる酔っ払いの手が誤操作しているだけだが・・でも文字は少しずつ増えて今月分を何とか全うしてくれるのかもしれない。)

 さて、本題の執筆。頭の中ではしばしば素晴らしい閃きがある。特に、良く寝た明け方のトイレの後は素晴らしい閃き。自分では睡眠時間が勝負だから寝なくてはと言い聞かせながら、閃く。まだ起床時間には2時間もある。眼は冴えて閃きは進む。

私を初めてアメリカに行かせて下さった清水洋三元副社長は、生前、私に穴空きフォルダーに閉じられる、A4を3段に切った紙サイズのメモ用紙を何百枚もよこして、「寝起きが一番閃くから、どんどんメモをとれ」とおっしゃった。そんなことしていたら、寝不足で、それでなくともクタクタの毎日、ぶっ倒れてしまうと、横着をする。あのとき書けばと悔やむことしばしば。企業の再生や、コンサルの成果拡大、人材育成も夜明け前には閃く。ときにごたごた続きのスキー連盟の改革なども素晴らしい発想で鶏の目覚めより早く頭が動き出すのである。勿論VEなど閃きの連続だ。

その閃きを、都度つど書いていたら三枝匡か山崎豊子になっていたかもしれない、いやラリー・マイルズ(VEの創始)を超えて行ったかと、思ったりもするが所詮怠け者、何もせずにまた今日も時間に追われて、三枝もラリーもどこかへ飛んで行ってしまっている。

その記憶だが、しばしば思うことがある。閃いたので、そこで頭の中ではいったん整理する。しっかり側頭葉に記憶できたと思って安心する。ストーリーも構築でき、メモは・・・ウーン大丈夫だ、取らなくとも・・・自信満々になるも、30分後にほとんど消えている。あれってなんだろう。なんであんなに鮮明な記憶が蘇らないのだろう、本当に不思議に思う。今度こそはメモを取ろうと決めるも、また鮮やかな記憶の世界・・大丈夫!自信満々が再びアダ。そこで、家内と車に乗る時は、運転しながら閃いたアイデアは家内に頼んでメモしてもらう。これは随分有効的で、後が楽、やはりメモだと自分に言い聞かせつつ、また自分の記憶に頼って失敗する。全部覚えていたら今や???やはり凡人なのだ。

もうじき大阪だ。今日は大阪泊まり、新幹線の中にしては良い仕事ができた。しかし、明日酔いが醒めてこの原稿を読み、電車にでも飛びこまねば良いが・・・追い込まれると何をしでかすか分からないモノだ。神様に祈りながらパソコンを閉じよう。


    (株)VPM技術研究所 所長 佐藤嘉彦 CVS-Life, FSAVE