嘉彦エッセイ


第84話(2011年06月掲載)


           



『日本のモノづくりに思う』


先日のNHKのクローズアップ現代でベトナムの自動車づくりを日本人の技術者が応援して、素晴らしい金型づくりが行われていることを紹介していた。更に日本の中小企業が、国内の工場から中国・ベトナムに工場移転を図っていることも称賛し、紹介していた。

海外生産を紹介する番組は多く、雑誌などでも度々紹介され、新聞報道などでも、連日「○○社中国大連に進出」などの記事に遑が無い。

頑張っている事の紹介は大変結構だが、どのマスコミ報道にも欠けていることがある。それは海外進出によって日本の雇用はどうなるのかとの問題、そして日本の技術流出で近未来の日本の製造業はどうなってしまうのか、という点だ。

最近大手の自動車会社は日本で開発、日本で製造していた乗用車をタイで生産するようになった。神奈川県の厚木市と愛川町にまたがる内陸工業団地と言う、昭和30年台後半に開発された大型の工業団地の一角にその自動車会社の有力な関連会社があったが、タイへ移転の煽りか、工場を閉鎖した。その工業団地にはいくつかの工場が更地になり始めている。

1992年から2009年までの17年間に日本の製造業に携わる労働人口が1569万人から1073万人に減少したと、総務省の労働力調査の数字がある。500万人も雇用が減少したのである。

確かに、見かけのコストは中国やベトナムは安いが、昨秋、上海に行ってみたところ、ある小企業(従業員100人程度)の社長の車は、日本で売られていないような最高級のベンツ。夜の健康マッサージ店にはずらりベンツのオンパレード。従業員は月給35000円程度で働き、社長や幹部は豪勢な生活。間もなく社長や幹部の費用を含む総労務費は確実に上がる、現に多くの企業で賃上げ闘争が始まり、特に日本企業は軒並みにやり玉に挙がってしまっている。即ち、ひと頃の「中国は安い」の神話は崩れ始めているのだ。にもかかわらず海外進出、海外調達はどこもかしこも躍起になって行っている。それは短期的に決算上有利になる海調が中心の対策の煽りからだ。

文章の脈絡が合わないが、昨年暮れ北海道でタクシーの運転手さんからこんな話を聞いた。千歳に向かう車が少し遠回りをして、ある高級住宅街をはるか見上げる所を通過した。1戸4500万円、15棟ほどだそうたが1軒も売れなかった。・・・中国人向けの別荘だそうで、「もう一桁上の価格なら売れたんだが・・」とのこと。中国人が4億円の別荘を日本に持つのだそうだ。何千万のレベルでは安すぎて買わないのだそうだ。凄い経済構造の変化だ。

まず一つ目の結論は、間もなく賃金ベースが日本のレベルと大差なくなるということ。しかし海調をしているうちに、日本の労働者がいなくなり、日本のGDPが上がらなくなることだ。

2つ目の問題は日本の技術・品質は売りではないのか。簡単に海外に移転して良いのか・・・である。今は確かにまだ海外が安い。だからと言って日本で培った技術は安易に海外へ持って行って良いのだろうか。最初は軒を貸したつもりが母屋を取られ、のケースをしばしば聞く。

「均質化」と言う言葉がある。優れた図面で優れたものを日本で開発する。日本でも作るが、海外にその図面を持って行き、同じ設備で同じものを海外で作る・・このことを言うのだが、我々日本人が今日の工業国になった要素の大半が、海外に流出して正に世界中が均質化して行っている。これは団塊の世代の人たちを中心に日本の職を追われた技術者が安い賃金で海外に進出して技術指導しているからに他ならない。雇用は前述の通り激減しているのだから、あぶれた技術者は当然、雇用のあるところに向かう。こうして益々、日本のモノづくりは競争力を失う。

これで良いのだろうか。日本は無資源国、原料に付加価値を付けて海外に売って、その付加価値で国家を成り立たせている。大半が製造に起因して、メーカーや二次・三次メーカー、その関連産業、例えば物流や商流が存在して国内に、海外に、売ることで生業は成立するが、海外に移ってしまったらそれが無くなるのである。

今は既に均質化してしまっているので、今の技術ではもう戦えない。そこで何をするか・・・匠のモノづくり、海外では出来ない機能のモノを海外では出来ない日本の技術で作る。海外から売ってくれと言うものを創るのだ。一時レアメタル(希少金属)を中国が売らなくなり大変困ったことが起きたのはまだ最近のことだ。この逆を行くのだ。中小企業でもそれはある。ある特殊な仕上げ技術を開発してその仕上げが無ければモノが成り立たない。中小企業が頑張る希少技術も良く紹介されているが、最近の大企業を見ると皆海外丸投げで生産技術者が不在だ。何をやっているのかと言いたい。

もう一度日本の技術にマスコミも注目して、大いに自信を持ち、日本の高い付加価値を生むように挑戦しませんか。



    (株)VPM技術研究所 所長 佐藤嘉彦 CVS-Life, FSAVE