[an error occurred while processing this directive]迷探偵浪子伊太郎シリーズ
本能寺の変・殺人事件その1

堂田「いやあ、ついに来ちゃいましたね!」

波子「何を興奮してんだい。ウインドウズME君」

堂田「興奮しないで、どうするんですか!あの本能寺に来てるんですよ。僕たちは」

波子「いいかい?私達は殺人事件にぶち当たったんだよ!解かってるのかい。物見遊山で京都くんだりまで出張ってきたわけじゃないんだ。修学旅行で本能寺にやってきた中学生のようにはしゃぐのはやめてもらいたいもんだね。」

堂田「殺人事件て、いったって、僕達が探していた盗品の壺を持ってた人が本能寺の前の通りで喧嘩して刺し殺されて、犯人は即逮捕されたじゃないですか。さっき被害者のホテルにいって盗んだ壺も確保したんだし、僕たちの仕事はもう終わりじゃないですか?頼まれもしないのに、いったい何を捜査するってんです。どうせ殺人事件に巻き込まれて足止めされてるんですから。ちょっとくらい観光気分を味わったっていいでしよう?」

波子「何、逆切れしてんだよ。しかしうちの事務所には珍しい大金持ちの奥さんからの依頼だからなぁ。着手金50万、成功報酬200万だよ?今回の旅費だってちゃんと経費で払ってくれるらしいし。まあ依頼の壺は見つかったし、成功報酬もいただきだ。でも美味しすぎる仕事だよな。しかしあの奥さん大丈夫かな?」

堂田「盗品探しを依頼してくるような人なんだから、それくらいは大丈夫でしょう?あの大企業・織田商事の前社長の奥さんらしいじゃないですか。旦那さんは亡くなったらしいですが、会社の方は息子さんが継いで順調らしいし、お金の心配はいらないでしょう。何よりちゃんと壺も確保できたんだし。この壺には一千万以上の価値があるのかも???何しろ陶三津の銘入りの一品ですからね。」


浪子「陶三津ってそんなたいそうな壷なのかい?」


堂田「何いってんですか!有名芸能人の結婚式の引き出物にここのメーカーの陶器が使われたりして、有名なメーカーでしょう?」


浪子「メーカーって大量生産品の会社なのかい?じゃあ銘が入ってたって大したことないじゃないか?」


堂田「確か、陶三津の陶器は文化勲章をもらったとか聞きましたが?」


浪子「陶器が勲章なんてもらわないだろうよ。もらったとしたら作った窯元、職人だろう。しかしそんな大家がいくら芸能人の引き出物ったって大量生産品なんか作るかな?」


堂田「まあいいじゃないすっか、今日くらいお金の話はいいじゃないですか、たまには歴史ロマンに浸って本能寺の庭園でも見物しましょうよ。」

波子「たまにはってここんところずっと歴史の話ばかりしているような気がするが?歴史オタクの君のことだ。どうせ織田信長が殺されたところだとかなんとかで浸ってるんだろう?」

堂田「そりゃそうすよ。大河ドラマの反町も、最初はなんて滑舌と発声の悪い俳優だと思ったけど最後はカッコよかったですしやっぱり死に様が格好いいですよね。信長は。歴史がだめな波子先生も戦国時代だけは好きで司馬遼太郎や山岡荘八の小説も読んだことあるって言って、反町の最後も一緒に見たじゃないですか。」

波子「死に様がかっこいいだと?俺に言わせりゃ最後まで戦ったとか切腹したとかありゃ嘘だな。木造の建物で火をつけられたんだから一酸化炭素中毒で死んだに決まってるじゃないか!死に様なら犬上家の一族の菊人形が一番だよ。」

堂田「あれは小説じゃないすか。それもその場面は、死に様じゃなく死んだ後に首を切り離して人形の首とすげかえたんでしょう?」

波子「あっ?そうだっけ。でも、知ってるよな君なら、ここじゃないんだよ。」

堂田「何がです?」

波子「信長はここで死んでないんだよ」

堂田「へっ?何を言い出すんです?さっき本能寺って書いてあったじゃないですか」

波子「甘い!気の抜けたドンパッチよりも、ましてや小梅ちゃんの外側のすっぱいところを舐め終わったあとの飴より甘いな君は。君のリソースメータは振り切ったのか ?」


堂田「どういうことですか?どこかに生き延びていたとか?」

波子「ふんっ。そんなことも知らなかったのかい?さっき観光バスのバスガイドの姉ちゃんがツアーの人達に教えてたよ。秀吉の時代に移転してからここにあるらしいよ。本能寺は。歴史オタクが聞いてあきれるよ。だいたい、君はどうして光秀が本能寺を襲撃したか知ってるのか?」

堂田「信長に対する怨恨だとか、朝廷の貴族の指示だとか、足利将軍の指図だとか、家康が唆したとか、実は秀吉との共同戦線だったのが一杯食わされたとかいろんな説があるようですが、決め手はないというのが定説ですが・・・・。僕としては「光秀ノイローゼ説」を押します。本能寺の変の後の動きがとても予定通りの行動とは思えないですからね。」

波子「黒幕というか共犯者、共謀者がいるにきまっているだろう?そして後々のことはともかく、出発から焼き討ちまではかなり敏捷に動いているんだろう?本能寺を囲むという事に関しては計画的だったんだ。」

堂田「そうは思えないッすけどね。みんなそう言ってるし。。。」

波子「じゃあ何か?君は皆が幽霊をみたといったら、実は見てない君も見たというのか?それじゃあ裸の王様と一緒じゃないか。大体みんなってどこのみんななんだい?また例のインターネットとかの友達かい? 」

堂田「まあ、そうですけど・・・。」

波子「で、
その「みんな」っていうのは何人くらいなんだい?まさか最近の女子中学生が親に携帯電話をねだるときに「みんな携帯くらいもってるしー」とかいう「みんな」かい?それとも宿題もやらいなでゲームばかりしている小学生が、親に『ゲームは1日1時間までよ!!』とか怒られて『みんな1日3時間以上ゲームしてるって言ってたよ』といいわけに引っ張り出す「みんな」かい??」

堂田「といわれても・・・・」

波子「だいたいこういう時の「みんな」ってのは仲の良いたった二人か三人を指す。いいかい?これは、ある意味殺人事件なんだよ。とすると動機があるはずなんだ。たったニ、三人の「みんな」のいうことが真実だとは限らない。」

堂田「だったら光秀の信長に対する怨恨とか???」

波子「そんなものが動機なら、何も軍勢を動かす必要は無い。何処かで二人きりになったとき殺せば済む話だ。」

堂田「政策的についていけなくなったとか?」

波子「それなら独立勢力を築くか、行動より先に誰かと同盟を結んだほうがいいだろう?まだあの時点では信長に抵抗した勢力が沢山いたはずだ。光秀の支配地は毛利の勢力と目と鼻の先だったんだろう?」

堂田「まぁすぐ近くに秀吉の軍とかもいましたけどね。毛利には旧主足利義昭もいたしそう考えればいきなりという感じもしますね。まあいきなりだからこそ成功したんですがね。でも何かの行動を起こさないと毛利らも信用してくれないんじゃ?」

波子「兵や家族を率いて毛利にでも投降でもすればいいんだ。ちょうど光秀だって毛利攻めを命じられていたんだろ?」

堂田「荒木や松永は根拠地に篭って失敗してますからね。本拠地にこだわりすぎるとクーデターなんてできないか。」

波子「そうだ、兵を上げて信長を殺す動機が必要なんだ。だがそんなものは見当たらない。だからいろんな説が出てくる。」

堂田「うーん・・・。やっぱりいたのかな黒幕?」

波子「いたはずだよ。それに『軍を都に向けて動かす事』については、重臣達の同意は得ていたはずだ。」

堂田「じゃあ、信長よりも権威のある人ですよね。やっぱり足利将軍かな?光秀はこの人とも行動を共にしていた時期があったらしいし」

波子「馬鹿か君は?君は最初あとの計画ができてないと言ったろ?それはどうしてそう思ったんだ?」

堂田「明智に近いと思われていた細川とかが動かなかったから・・・・。」

波子「そうだ。あの如才ない細川が成功確率の高いクーデターに動かないんだぜ。ましてや成功した後も動かないわけだ。」

堂田「足利が絡んでなかったから?でも足利から明智には指示があったんじゃ?」

波子「ないよ。明智には織田家の外からの指示を受けるいわれはない。つまり公家や天皇、徳川なんてのも的外れだ。」

堂田「じゃあ秀吉?」

波子「秀吉も関係ない。まあでも秀吉はこんな羽目になることを早くから恐れてたんだろうなぁ。」

刑事「ちょっとええかな。そこの探偵さんとやら」

波子「何かご用ですか?」

刑事「あんたさんら、さっきの被害者をしってはる言うてましたな?」

波子「ええ、存じておりますよ。刑事さん。壺泥棒ですよ。私達はね東京のさるお大尽の家から忽然と消えた壺を追ってここまで来たんです。ただし身元まではまだわかりません。町田の骨董品屋から盗品の壺を売りたいという客がきたという情報を得ましてね。そこの店では買い取らなかったようですが骨董品業界の情報の伝手を辿ってはるばるここまでやっきたというわけです。ああ申し遅れました。私は波子伊太郎。いいですか?決して私のことを「はごいたろう」とは読まないで下さい。こっちは助手の 堂田君、ちょっとリソースの足らない引きこもりの若者です。」

堂田「引きこもってないですよ!あっ私は堂田九雄、これでドウタクオと読みます。」

波子「もし刑事さんがお望みなら、任意同行も吝かではありません。ただしこの壺泥棒の身元を教えてくれませんか?ちょっと気になることがありましてね。」

刑事「まだ捜査情報は教えられる段階違うんやけどな。こっちが断ると任意同行も断る言いはりますのか?」

波子「ええ、こんなことにならなければ壺を持ち主にお返しし、報酬の2百万と旅費の集金に行くところだったのです。」

刑事「壺探しに二百万とは大層な金額ですな?まあいいでしょう。ただし連絡先はきっちりと聞かせてもらいますよ。男は東堂陶御津、陶芸家です。といっても数年前に隠居して陶芸はやめてたらしいんやがね。結構有名な陶芸家やったらしいですわ。」

堂田「えっ??陶御津?あの壺の銘は確か陶御津でしたよ!!」

波子「は?つまり陶御津は自分の焼いた壺を盗んだいうことか?」

刑事「うーん。ちょっと困りましたね。。。集金とやら明日以降にしてくれませんか?やっぱり署まで同行してもらったほうが良さそうやね。探偵はん。」

波子「しようがないねぇ。。。京都に泊まらないといけないわけですか?」

刑事「それは、今からの話によるが。。。」

波子「我々も暇じゃないんでここで済ませましょう。何なりと質問をどうぞ。」

刑事「ではまず貴方たちの身元確認が済んでから聞かせてもらいます。」

波子「私達の言うことが信用できないと? 」

刑事「いやそんなことやないんやけどね。確認が仕事ですから。。おい!君。。」

堂田「ああ行っちゃいましたね。内の事務所が在る所轄に確認するんでしょうかね?」

波子「まあそんなところだろ。運転免許証だってみせてるんだから確認くらいすぐ済むだろう。」

堂田「じゃあさっきの続き。。。 それにしても歴史嫌いのはずなのに本能寺についてはよく知ってますよね?」

波子「こんな時まで歴史の話しかい?オタクには困ったもんだね。本能寺の変っていうのは、ある意味殺人事件であって、放火事件でもあるだろう?学生の頃、犯罪心理の研究のテーマで、論文を書いた事があってね、このあたりの歴史についてだけはそれなりに勉強したんだよ。」


堂田「そんな論文書いてたなんて初めて聞きました。ところで、一体誰が黒幕だって言うんです?」

波子「何から何まで裏から操れるような人間はいないよ。いたとしたら、織田家の人間に決まってるだろ?」

堂田「織田家って?息子たちの誰か???」

波子「息子だけとは限らないが、場合によっては信長の名代にたてるような近しい親族と、そして息子のうちの誰かが了承していたんじゃないかと思っている」

堂田「息子のうちにも?それは誰なんでしょう?」

波子「
信雄だよ

堂田「馬鹿で有名なあの信雄ですか?」

波子「馬鹿ってなんだ馬鹿って。彼はね少なくとも君なんかよりは数段上の人間だよ。秀吉っていう陰謀の天才が同時期に存在しなけりゃ彼の天下になってたかもしれないよ。惜しいことをしたよ。まあ今更こんなこといってもどうにもならないがね。」

堂田「君なんかって!!でも、なんで信雄の事をそこまでの人間だと思うんですか?だいたい光秀と信雄なんてあまり接触がないんじゃ?」

波子「光秀と直接の繋がりは深いものではなかったろうね。でも光秀はあせってたことは焦ってたんだ。大きな失敗をしたからね。それが信雄との因縁の始まりだったのかもね。」

堂田「失敗?家康の接待ですか?」

波子「そうじゃないよ。比叡山焼討ちだ。信長も光秀があれほど派手なやり方をするとは思って無かっただろうからこれには困っただろからね。叡山を蹂躙したっていう汚名を信長がかぶることになるんだからね。」


堂田「信長は天下布武のため仏教勢力を恐れなかった合理的な無神論者でしょう?それくらい気にしてなかったんじゃ?」


波子「
信長が無神論者だと?トンでもない話だね。ちゃんと信仰は気にかけてるじゃないか。熱田に塀を寄進してお祈りにいったり、家臣のために寺院を建てたり、キリスト教寺院の建設まで許可したりしてる。天照大神とスサノヲ(牛頭天王)を祀った神社の保護、春日大社系列の神社への優遇をしているところから見て、天皇家に対する遠慮と摂関家に対するごますりをしている。スサノヲは自分が信仰していたんだろうね。一向宗と敵対する仏教各派の保護などなど、とても無神論者のやることじゃないね。そもそも無神論なんて概念は最近あらわれたわけだろう?信長は信長なりに神や仏を信じてたり仏教や神道について勉強したりして自分の信仰世界を持ってただけで、神がいないとか仏の教えはまやかしだなんて思ってなかったんだよ。彼の内面的な精神世界や信仰にたいしての考え方すこし他人と違う方向を向いてただけなんだよ。」

堂田「でも城の石垣に地蔵さん使ったり、長島や本願寺では数万もの門徒を殺したりしてるじゃないですか、とても神仏を恐れていたとは思えません。」

波子「僧や信徒を殺戮することと、神仏を否定することは同義じゃない。ひとつ聞くけどさ、信長は石垣の材料一つ一つをチェックする程暇だったのかい?」

堂田「いやそう言われると。。。」

波子「忙しいんだよ信長は、石を無理やり供出させられた京都人の皮肉なんだろう。信長が将来こけるようなことになったらさ「神仏の罰があたった」ていうためにやったことだろう。実際供出できる石を探せなかったのかもしれないけどさ。」

堂田「そうかな?」

浪子「それに信長が使ってた石工だって材料があるのにいろんな石を使うと美観を損ねるって怒られる可能性だってある。

堂田「それはそうでしょうねぇ」

波子「いろんな石を使ったのにも意味がある場合があるんだ。姫路城の石垣にも石臼が挟まってるだろう?」

堂田「見たこと在ります。秀吉の人柄にひかれたおばあさんが秀吉のためにって石臼を差し出したとか?姥が石っていうですよね。」

波子「ばかか君は、信長の時代はまだまだ不合理っていうか迷信がはばを聞かせてるんだ。何か理由があるはずだとは思わないのかい?
それにどうやってその辺の老婆が秀吉の人柄を知れるっていうんだ?恐怖の織田軍団の先鋒だよ?しかも秀吉さんは、姫路のご近所の三木城では『三木の干殺し』っていう惨たらしいまでの兵糧攻めをやって、大勝した直後の姫路城の築城だよ?当時に秀吉の人柄が良いなんて噂はたぶん広まらない。その後も播磨各地で徹底的に敵を壊滅させるわけだし。」

堂田「だから、石をたくさん早く集めるために」

浪子「・・・。
秀吉の清洲だったかの味噌買いの話と混ざってるんだろうんなぁ」

堂田「味噌や米を相場より高く買うってことで、敵より早く兵糧を集めたっていう?」

波子「そうなんだよ!しかもあの石臼はさぁ、秀吉の時代のものじゃあないんだよ。あの石垣はね、どんなに古く見積もっても江戸時代の池田輝政の築城の時代にしか遡れない。」


堂田「えええっ!!」


波子「伝説ってのはさぁ、恣意的に作られるもんなんだよ。
石臼を挽くってのは基本的に家の老女の役目だ。若いのはいろいろと力仕事があるからね。ここで石臼を使ってた時代の人間は老女のイメージを石臼と自然と重ねることとなる。老女ってのはもう妊娠しないだろう。つまり孕まないってことだ。石垣に石臼を埋め込むのは縁起担ぎでもあるのさ。石垣は孕む、つまり膨れると崩壊するからね。石垣を崩壊させないためのおまじないの一つでもあるわけだ。」


堂田「じゃあ、姫路城の石垣と秀吉と老婆は関係ないってことですか。」

波子「そうだよ。日本で初めて日本列島全域の天下統一をした秀吉と姫路城を絡ませて考えたい後世の人が、石臼が埋まってる石垣を見て後から考えたんだろうなぁ。大坂城にだって同じような話があるそうだよ。話を信長にもどそう。もちろん、信長は神仏保護の観点から、命令以上にやりすぎた光秀を嫌ったわけじゃないよ。だいたい光秀は「大変なことしてしまった」と悩んだだろうけどね。信長は光秀の仕事を頼りにしてたはずだ。その光秀が後悔してる。仕事もままならない。こんなとき、普通の上司はどうする?」

堂田「慰めてやる気を取り戻させようとしますよね?」

波子「そう、当然信長も光秀に対してそうしたはずだ。」

堂田「と、いうと?」

波子「光秀から罪悪感を拭ってやるしかないとおもったんだろうな。キリスト教の理屈をつかって。」

堂田「はぁ?」

波子「鈍い奴だね。叡山を焼いちゃったり、門徒を殺したりした罪悪感は、仏教や神道といった日本古来の概念では拭えないってことだ。もちろんこれらはより大げさに宣伝されたはずだ。信長の怖さを敵対しようとする者達、とくにその配下の兵たちに植え付けようとする意図があったんだろうからね。そうすれば兵たちは余程有能な指揮官にでも率いられてなければ逃亡したりするものも続発する。そういうプロパガンダも兼ねてたんだろう。」


堂田「でも反面、そんな事を喧伝すると余計に降伏してくる人間も減るような。。。。」


浪子「そうすることによって選んでたんだろうね。支配しやすい人間をね。表向きは降伏しても結局後になって従わなくなる可能性のある人間を先に挑発して排除してたんじゃないかな。」


堂田「うーん。その叡山や一向宗はそのターゲットにされたと?」


浪子「当時叡山や本願寺のそれぞれにおける信仰的地位は現代の日本人からは想像できないくらい大きなものだったんだ。当然、信長や光秀ら当時の日本の知識人たちの精神世界もそれを認識しているはずだ。いくら織田家のやり方が合理的っていっても、それは当時の損得勘定に関わらない後世からの視点にすぎない。信長は信長なりに当時の信仰と向き合って、それを常識として吸収していたはずだ。それができてなければただの変人にすぎない。そんな無信心な人間が政治家になるなんてもっての他だ。そんな常識を持ち合わせてない人間についていくのは子犬の頃から飼われたワンコだけだ。信長という人間に天才性があったとしてもせいぜいマッドサイエンティストが関の山だ。その常識にてらせば、光秀は神仏に対して取り返せない失態を侵してしまったということになる。」


堂田「あ、それは言われてみればなんとなく。。。」


波子「『悪魔』の思想だね。信長は叡山の奴らや一向宗の門徒たちは悪魔に魅入られたものたちだとして、それを滅したこちらにこそ正義があると思いたかったんだろう。」


堂田「正義ですか。。」


波子「キリスト教という新しい正義の概念の支持者であるバテレンと旧来概念に固執する僧侶と論争させてみたりしたのも、僧侶に自分の神仏に対しての畏れの心、つまり叡山焼き討ちや門徒殺戮に対して神仏からの罰を受けなくてはいけないという恐怖心を投影させてたのさ。そして仏教側が論争で破れた。」

堂田「つまり信長は救いを求めていたと?」

波子「そうだ。直接その論争をみていた信長は憑き物が落ちたように神仏の罰を受けるという恐怖から逃れられただろうね。」

堂田「はあそういうもんですかね?」

波子「厄除けみたいなもんさ、本人が納得すればいいわけだ。」

堂田「光秀は?」

波子「光秀は信長に励まされながら、自分を誤魔化して頑張ったが結局駄目だったんだろう。キリスト教のいう正義なんてものより旧来秩序からはみ出る恐怖の方が大きかったんだ。信長がキリスト教を応援したのは自分の信仰のため、文化発展のためというより光秀に「正義」という大義名分を与えるためだっかもしれないよ。」

堂田「うーん旧来秩序というのは納得いきますが、この場合天皇とか幕府じゃなくって信仰的側面のことなんですね?」

波子「そうだ。しかし光秀に再び葛藤の時やってきた。天海との出会い。。。甲州攻めだよ。」

堂田「出会ってるんですか?甲斐の国で!!!」

波子「おそらくね、まあ想像にしかすぎないんだが。叡山の人間は復興の手助けを信玄に求めてる。甲斐に叡山の僧侶が居付いていても不思議はないだろう?」

堂田「比叡山復興か、、、そういえば叡山に光秀の名前で寄進された石塔があるとか ?しかも光秀死後の年月がうってあるらしいです。こんなことから光秀=天海とかいう話しもあるようですね?」

波子「同一人物じゃあないだろう。光秀と天海は甲斐武田攻めで邂逅したんだよ。光秀は信長の努力もむなしく信長の思うのとは違う道に正義を見つけてしまった。」

堂田「つまり、自分の犯した罪に対しての悔恨を、信長に与えられた正義という大義名分のペンキで塗りつぶしていたのに天海との出会いによって、そのペンキを剥がされてしまったっていうことですか?天海は光秀に旧来の信仰心を取り戻してしまった??」

波子「信長は呪術者ではないから、光秀の心を完全にコントロールできるほどの理論なんてもってなかった。ただ光秀に精神的復活を遂げて欲しかっただけなんだよ。一番信頼できる家臣としてね。でも光秀の正義感とか忠義心というのは屈折してしまったんだろうね。行き過ぎた自分の行為を許してくれた信長に対する光秀の忠義心は人一倍だったろう。光秀にとってはそれだけで十分だったのかもしれない。でも信長は光秀を大事に思いすぎたんだ。キリスト教的な正義感なんて光秀には必要なかったんだよ。」

堂田「信長がキリスト教に肩入れしたのは、光秀のためだった?うーん。。。」

波子「信長の光秀に対する精神的援助はうまく進んでいたはずなんだ。双方にとってね。」

堂田「天海と出会う前は。ですね?天海はどうやって光秀のペンキを剥がしたんだろう?」

波子「光秀にとって天海というのは政治家でも学者でも、良くありがちな僧侶像をもつ修行者ではなく、まぎれもない呪術者だ。そして自分の悔恨の体現者だ。光秀は天海の術中にはまったのだ。」

堂田「叡山焼討ちの被害者ですね?でも光秀は仏教の呪術や理論から信長によって引き離されたのでしょう?一体天海はどんな呪術を使ったっていうんです?光秀だって大名なんですからいろんな僧侶と会談したりして仏教的世界との折り合いを付けていたはずです。そうそう簡単には騙せない。。いや簡単に一僧侶の術中にはまるとは思えません。」

波子「もちろん天海以外の僧侶も彼らを信じているもの達からみれば立派な呪術者ではある。でも呪術というのは呪術を行う者を信じなければ効かない。天海と光秀の関係もそうだ。信じさせようと思えば、相手の心に入り込むしかない。やり方を知っていれば誰にでもできるというものではないんだ。幸い天海は光秀のやった行為の被害者だ。加害者意識を持たせて自分の世界へ、いや信長以外が当然のこととして受け入れている世界へと光秀をひきもどした。再び光秀の精神は恐慌状態に陥る。」

堂田「じゃあ、光秀はノイローゼになっていたから本能寺の変を断行したと?」

波子「ノイローゼにはなってないんだ。ほんの少し忠誠心の方向を変えただけだ。」

堂田「どんな風に?」

波子「比叡山の完全復興こそ、信長のためになるってね。だからそれを急がせようとした。」

堂田「たったそれだけですか?」

波子「そうだ。天海だって光秀を精神的廃人にしたって何のメリットもないからね。天海たちは武田家からも援助の約束をとりつけていただろう。明智を口説いて信長が了解すれば武田と明智双方から援助をうけられるはずだった。」

堂田「でも、その時って甲斐攻めの最中ですよね?武田家は生き残ってないからそれは無理です。」

波子「まだ、最中だよ。講和っていう可能性もあったはずだ。最初から武田があそこまで短期間でめちゃくちゃに解体されるのはまだ予測の外だろう?」

堂田「どうかなぁ?留めを刺しに行ったっていう布陣じゃなかったですか?講和なんて最初から考えてないような感じがしますが・・・・。」

波子「信長にとっては予想以上のスピードでの大勝だったはずだよ。だいたい調略なんて、兵を目の前に並べるまで相手はなかなかに信用なんてしないだろう?大勝できる準備はできていたが、あれほど早くケリがつくとはおもってなかったろう。信長が甲斐に入る前に大方のケリがついてしまったわけだからな。」

堂田「信忠の活躍ですね」

波子「表向きはね」

続く 

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