くも膜下出血を発病し、そのリハビリと、「もう一度北アルプスに登るんだ」という自分自身への奮起を目的に開設した、このホームページ「北アルプスの風」ですが、コンテンツのひとつとして、自分が体験したくも膜下出血の闘病記を掲載してから、ずいぶん多くの方からこの病気に関するメールをいただくようになりました。
そのメールの中には、現在、ご家族が闘病中の方や、ご自身が発病してリハビリ中である方、あるいは発病はしていないが、検査で動脈瘤が見つかって不安な気持ちになっている方など、実際に病と向き合っている方々からの、アドバイスを求める内容の物も非常に多くあって、あらためてこの病気の恐ろしさと、病気に関わってしまった方々の切実さを感じずにはいられませんでした。

そこで、この病気と関わっている、あるいは体調に不安のある方に対して、少しでも参考になればと思い、僕がくも膜下出血という病気を体験して得た、病に対する知識や経験則を、ここに出来るだけわかりやすい形で書いてみようと思います。
ただし、僕は医者ではなくあくまでひとりの患者ですので、経験則以外の医学的な話はあくまで参考にとどめて下さい。個人の病理学的な判断については責任が持てませんので、必ず専門医にアドバイスや指示を受けるようお願いします。


脳卒中とは
 生活習慣病のひとつ(糖尿病、脳卒中、心臓病)のひとつとして、日本人の死亡原因の3位に上げられる脳卒中は、大別すると、脳の血管が裂けて出血する【頭蓋内出血】と、脳へ繋がる血管が詰まって血液が流れなくなる【脳梗塞】とに分けられるようです。古くから言われる脳溢血とは、一般的に頭蓋内出血の事を指しています。
【頭蓋内出血】と【脳梗塞】は同じ脳卒中としてまとめられていますが、症例はまったく異なります。簡単に言えば、脳血管が破れて出血を起こし、その出血によって脳が圧迫されてダメージを受けるのが【頭蓋内出血】、脳に繋がる血管に血栓(血の塊)などが詰まり、血液が供給されなくなることにより脳の細胞が死んでしまうのが【脳梗塞】という感じです。
つまり脳卒中とは、脳自体の病気なのではなく、血管や血液の異常が引き金になって、脳にダメージを与える病気だということがわかると思います。いずれにしても、発病してしまえば脳の組織が破壊される危険多分にあり、命に関わる病気です。

僕が発病した【くも膜下出血】は、【頭蓋内出血】のひとつの症例で、脳を覆っている膜のひとつであるクモ膜と脳の間で血管が破裂Iして出血する病気です。
毛細血管を含む血管が何らかの原因で破れて、直接、脳に出血した場合は【脳出血】と呼ばれ、くも膜下出血とは違う症例になります。くも膜下出血発病の直接の原因は、脳の底面 にある動脈の一部が、こぶのように膨らんで動脈瘤となり、それが破れて出血する事によるものです。焼いた餅の一部が膨らんで、やがて破裂するところを想像すればわかりやすいと思います。餅の場合は空気ですが、動脈瘤の場合はそこに溜まるのが血液になるわけです。
この動脈瘤は、動脈の分岐場所に長い間血液がぶつかり続ける事によって、圧力を受けた血管の分岐部分が膨らんで瘤になることが多いようですが、脳の動・静脈の先天的な奇形が原因の場合も稀にあるようです。
ちなみに僕の場合は、最初は動脈の内壁部分だけが破れ、血管の内壁と外壁の間に血液が入り込んで内壁と外壁を剥がしてしまい、その圧力でやがて外壁を破ってしまう、解離性動脈瘤という、動脈瘤の中でもきわめて特殊なものでした。
動脈瘤についてこのように書くと、長く生きていれば、いずれ誰でも動脈瘤が出来てしまいそうな気がしてきますが、けしてそんなことはありません。本来、人間の血管は弾力に富み、非常に強いものなのだそうです。
そんな正常な血管に対して、悪影響を及ぼす日頃の生活習慣を続ける事によって、少しずつ血管の状態が蝕まれ、最終的に障害を起こす事になるわけです。脳卒中が生活習慣病と呼ばれるのは、そういう意味です。血管に悪影響を及ぼす危険因子については後述します。


脳卒中の前兆
 必ず当てはまるわけではありませんが、一般的に、【脳梗塞】には前兆があり、【頭蓋内出血】には前兆がない事が多いと言われているようです。つまり【頭蓋内出血】は出血の圧迫により、脳が急速にダメージを受けるのに対して、【脳梗塞】の場合は、脳への血液の供給状態が悪くなるため、少しずつ脳がダメージを受けるということでしょうか。
もちろん、出血の量や、血管に詰まった血栓の大きさによっては、あてはまらない場合も多々あるようです。特にくも膜下出血の場合は、実際に体験してみると、それなりの前兆があったような気がします。私が体験した前兆については、闘病記の中の「くも膜下出血の前兆」に書きましたので、ここでは詳しく書きませんが、簡略して記述すると……

発病の前日から首筋から後頭部、こめかみに掛けて、右側だけ(動脈瘤が破裂したのは右側だった)が攣ったように痛んだ。

普通、寝違えなどによる、首の攣ったような痛みは、頭をある方向に動かそうとすると起こるのですが、この時は、じっとしても鈍い痛みが続きました。
この攣ったような痛みは、後に快方した際に主治医からも質問されました。くも膜下出血を発病するサインとして、専門医の中でもある程度認知されている前兆なのかも知れません。
また、くも膜下出血の特徴として、バットで殴られたような強烈な頭痛という話がよく出てきます。実際、僕もその痛みを経験したのですが、これはすでに出血をしたサインであって、前兆ではありませんので、ここには含めませんでした。
また、「くも膜下出血の前兆」に書いた、『発病の数ヶ月前に異常な痛みの片頭痛(頭の片側だけが痛む)が続き、やがてピタリと治まった』というのは、後に群発性片頭痛という病気で、くも膜下出血とは直接関係ないことがわかりました。

脳梗塞の場合は、一過性を含めて前兆が出る場合が多いようです。

自覚症状としては……
1.食事中にはし(箸)を落とす。
2.言葉が出てこない。
3.片側の手足がしびれる。
4.ものが二重に見える、片方の目が見えにくい。
5.パピプペポ・ラリルレロがはっきり言えない。
6.目の前が暗くなる。
などがあるようです。

第三者から見た場合……
立った状態で手のひらを上にして、両手を90度に挙げ、目をつぶらせると、脳梗塞を起こしている側の手のひらが内転しながら下に落ちていく。
左の手のひらを上に向け、右の手のひらを重ね、右手を反転させて左の手のひらに甲を乗せる。
左右を逆にして何度が繰り返させるとスムーズに出来ない。
……などが脳梗塞を疑うべき症状(前兆)と言われています。

脳梗塞の場合、恐ろしいのはこういった前兆が、短い時には数秒から数分、あるいは1日程度で治まってしまう場合があることです。つまり一時的に血管が詰まったが、血栓が自然に溶けたり、詰まった部分を通過したりして、前兆が消えてしまうのです。実際、僕が入院している時に、脳梗塞で運び込まれた人の多くは、これらの前兆を感じながら、僅かな時間のうちに治ってしまったために放置した患者さん達でした。こういった前兆は脳卒中発病の重要なサインと受け止めて、早く専門医を受診して検査を受けるべきだと思います。


脳卒中を発病しないために
 脳卒中は脳自体の病気ではなく、脳に繋がる血管が破れたり、詰まったりすることにより脳にダメージを与える病気であることは前述しました。つまり、脳卒中という病気は、発病後の治療よりも、血管や血液に異常をきたさないように、普段から予防を心掛ける事こそが重要なのです。危険因子の巣窟のような身体だった僕が、このような事を言うのはおこがましい限りなのですが、経験した者の反省と思って読んでください。


脳卒中の危険因子
 高血圧、高脂血症、喫煙、過度の飲酒習慣、運動不足、ストレス、肥満、それに付随する心臓病、糖尿病などです。これらの危険因子を持ったままの生活を続けると、血管の弾力性がなくなり(動脈硬化)、血管内にコレステロール等が付着して血液の通り道が細くなり、そこにドロドロの血液が高圧で流れるという悪循環を繰り返して血管にダメージを与えるわけです。

心臓病、糖尿病は別として、こういった危険因子は、発病前の僕の生活状態にぴたりと符号します。まさに爆弾に火の粉を振りかけ続けているような状態だったのです。
僕の場合、発病の一年前から、高血圧の薬を飲み始めたのですが、生活習慣自体が間違っていたのですから、すでに焼け石に水だったのでしょうね。
また、もともと僕は高血圧だったのですが、その他にも健康診断のたびに、心電図検査で「心臓左室肥大」と診断されていました。自覚症状もなく、また特に重大な欠陥でもないため再検査にはならず、「要経過観察」と指示されていたため、気にしていなかったのですが、脳動脈瘤の手術を受け、投薬と生活環境を変えたことにより、日ごろの血圧が安定してからは、心電図を取ってもそういう診断をされることはなくなりました。やはり慢性的な高血圧が、心臓に負担を掛けていたのかもしれません。

こういった危険因子を多く持つ方は、食生活の改善、適度な運動、充分な睡眠、ストレスを溜めない……等の生活改善を行い、危険因子の割合を少なくする必要があると思います。ストレスを溜めやすい方にとって、ストレスを溜めない生活を送ることは簡単なことではないのですが……。
では、危険因子を減らすのに効果的な食べ物とはどんなものなのでしょう。


脳卒中の危険因子を解消する危険因子
 次のような食品が上げられます。
青魚(イワシ、サンマ、アジetc)、海草類→血圧降下、動脈硬化予防
味噌→大豆タンパク→動脈硬化予防
日本蕎麦(汁含まず)→血圧降下、血液浄化
トマト→血液浄化(血液をサラサラにする)
タマネギ、オリーブ油→善玉コレステロールを増やす

蕎麦以外は、発病前まで僕が嫌いだった食べ物ばかりです。(笑)蕎麦にしても、戸隠や安曇野といった本場の蕎麦は美味いと感じましたが、地元で蕎麦とうどんを出されれば、迷わずうどんに手を出すうどん派で、蕎麦が好物というわけではありませんでした。
また幼児の頃から食が細かった僕は、トマトだけはよく食べたため、朝から晩まで母にトマトばかり食べさせられ、何時の間にかトマトが嫌いになってしまいました。今でもトマトはあまり食べる気にならないのですが、血液に良いと聞いてから、果樹100パーセントのトマトジュースを1本、朝、起きてすぐ飲むようにしています。
人間は夜眠っている間に、汗などで1リットル近い水分を体内から蒸発させているそうです。従って、朝起きたときの血液は個人差はあるにしてもどろどろの状態で、目覚めに飲む水分は急速に体内に吸収されるのだそうです。
毎朝、起き掛けにトマトジュースを1本飲むようになってから、検査で示される血液のサラサラ度が、飛躍的に向上しました。
それでは逆に、危険因子を増やす危険のある食べ物にはどんなものがあるのでしょう。


脳卒中の危険因子を増やす可能性のある食べ物
 動物性油を多く使った食べ物、塩分を多く使った食べ物…。
肉(特にあぶら身)、バター、フライ、ハンバーグ、ラーメンやうどんなど麺類の汁、スパゲティ、レトルト食品etc

危険因子を増やす危険性のある食べ物については、もちろん絶対に食べてはいけないということではありません。たとえば、ラーメンならば、野菜をふんだんに入れて汁は残すとか、ハンバーグならば青野菜や海草サラダを添えるとか、要するに危険因子を減らす食べ物をいっしょに食べる事により、バランスの良い食事を取ることによって危険度もかなり解消されるはずです。
昼飯は毎日、ファーストフードのハンバーガー、夜はコンビニエンスストアのお弁当……。
これでは、自分の体内にある時限爆弾をせっせと育てているの変わりありません。
なお、すでに危険因子を持っていると自覚している方は、食生活を改善して、これらの食べ物を意識して減らす必要があるのは言うまでもありません。

脳梗塞には、脳で起きた動脈硬化が原因で血管が詰まる脳血栓と、心臓で出来た血栓)が脳に運ばれ血管をふさぐ脳塞栓の2種類があります。したがって脳血栓の危険因子としては、心臓病を注意する必要があります。脳血栓を起こす心臓の病気のなかで一番多いのが、心房細動(不整脈)だと言われています。不整脈とその他の危険因子が合併する事によって血栓が出来やすくなり、それが脳血栓を発病する原因になるわけです。不整脈によって起こる脳血栓は、心臓が原因の脳血栓の約7割と言われています。健康診断などによって、心臓に異常があった場合は、迷わず専門医の診察を受けましょう。


片頭痛とくも膜下出血の関連について
 片頭痛と脳血管障害の関連性についてですが、僕自身の体験から推測してみる時、片頭痛から脳血管障害に進行する場合があるというよりは、脳血管障害の危険因子(脳動脈瘤、動脈硬化、高血圧など)を持っている者が、片頭痛を発病して、その辛さを和らげるために何らかの対処をしたり、薬を服用することによって、脳血管障害の危険因子を増幅させる危険があるのではと、素人なりに僕は考えています。

脳血管障害は、血液によって脳動脈に過度の圧力がかかったり、脳血管が硬化収縮することにより、血管の破裂による出血、あるいは血管に血栓がつまることによって起こる病気です。従って、それを予防する高血圧や動脈硬化の薬は、血管を拡張させるもの、血液の流れを良くするものが一般的になるわけです。酒に関しても、血液の循環を良くするポリフェノールを多く含む赤ワインなどが良いと一般的に言われています。

ところが、片頭痛の場合、逆に血液の循環が良くなればなるほど痛みがひどくなることが多いようです。従って、その痛みを和らげる対処や薬は、自然と血管を収縮させる作用を持つものを選ぶようになり、その結果、知らず知らずのうちに、脳血管障害の危険因子を増幅させてしまうのではないか・・・僕は考えているのです。実際、点鼻薬などの場合、「高血圧、動脈硬化、心臓病などの病歴がある場合、医師に確認の必要あり」と、はっきり書かれています。花粉症の点鼻薬等は、毛細血管を収縮させて花粉の体内への吸収を防ぐ作用があるのです。

僕がホームページの中で、「おかしいと思ったらまず病院へ!」と頻繁に書いているのは、自分の身体に、そういった脳血管障害の危険因子が潜んでいないかどうかをあらかじめ把握しておくことが重要ではないかと考えていることも理由のひとつになっているのです。つまり、専門病院での検査の結果、万が一、脳血管障害の危険因子が見つかった場合、片頭痛等、慢性頭痛を発病した場合の対処方法が変わってくるのではないかと考えるからです。

とにかく頭痛は辛いし、また検査も辛いものです。僕の場合、小学生の頃にはすで原因不明の慢性頭痛に悩まされていたため、その頃からいろいろな精密検査などを受けましたが、その頃はまだMRAやCTアンギオなどの脳血管撮影の技術がなかったため、アゴのリンパ節に、直接造影液を注入して脳血管の撮影をする・・・などという辛い検査も受けました。

しかし今は検査医学も発達し、辛い検査もほとんどなくなりました。自分の危険因子を把握しておくためにも、慢性頭痛を持病に持つ方は、専門病院で一度は脳ドック等の検査をするべきと、僕は考えています。


脳卒中を発病してしまったら
 とにかくこの病気は時間との戦いです。一般に発病してから3時間が生死の分かれ目と言われているように、すぐに専門病院に搬送する必要があります。脳梗塞の場合、一般的に前述したような前兆が現れるはずですから、本人はもとより、家族が迅速に対応しなければなりません。案外、本人はのんびりしているものです。のんびりしているというよりも状況が飲み込めないと言った方がいいかもしれません。
たとえ短い時間で前兆が治まっても、けして安心せずに病院に行くべきです。

くも膜下出血や頭蓋内出血の場合は、強烈な頭痛を訴えたあと、ほとんどの場合すぐに昏倒してしまうので家族が頼りです。僕の場合は、昏倒する15分ほど前に家族が外出から帰ってきたため、発病とほぼ同時に救急車を要請する事ができました。まさに綱渡りのようなタイミングだったわけです。
電話をしてから救急車が自宅に来たのが約8分後、専門病院に搬送されるのに約18分。搬送中に救急隊員から受けた連絡で、救急車が病院に着いた時には、すでに病院の受け入れ態勢は完了していて、30分後には治療が開始されました。まるでバケツリレーのように、スムーズに治療室に搬送されることができたわけです。それでも出血量が多かったため、治療中に呼吸が止まり、一時危篤状態になるという危うさでした。
とにかくおかしいと思ったら迷わず病院へ!一瞬の躊躇がその後の人生を決めると言ってもけして大げさではないと、僕は思っています。


脳卒中の治療
 脳卒中の治療は、その部位や状態により、開頭しての手術と薬品による保存的治療にわかれるようです。ちなみに僕の場合は、出血量が多すぎて原因になった動脈瘤が検査で発見できず、発病時は開頭手術を行わずに保存的治療が施されました。

くも膜下出血で開頭手術を行う場合、開頭して患部の動脈瘤を金属のクリップで根元から止めてしまうクリッピング術が施されるのが一般的です。僕の場合は、後の検査で一般的な(餅が膨らんだような)動脈瘤とはまったく違う形状の解離性動脈瘤(血管の内壁と外壁が剥がれて、そこに血液が溜まる)であることがわかったため、患部の手前で動脈そのものをクリップで止めてしまうという特殊な手術になりました。
脳に繋がる太い動脈は2本しかないため、そのうちの1本を止めて脳にダメージがないかどうかを検査するために、実際の開頭クリッピング手術を施したのが、発病してから1年後になったわけです。おかげでもともと血の巡りが悪い脳みそが、なおさら働かなくなってしまいました。(笑)
ところが不思議なもので、そういう状態になると、周りの血管が数年のうちに少しずつ太くなって、やがて消滅した動脈の代わりを果たすようになるのだそうです。人間の身体は不思議ですね。

また脳動脈瘤の新しい術式としては、クリッピング術の他に、血管の中からカテーテルを患部動脈瘤へ進め、動脈瘤内に金属性のコイルを詰めて、動脈瘤への血液の入口を塞いでしまう手術もあるようですが、動脈瘤の場所、形によって適応は変わるようです。

頭の中に金属のクリップを入れると聞くと、素人はいろいろと心配をしてしまうものです。特に、手術をした本人はなおさらですね。僕も手術後、クリップが錆びやしないか、何かの拍子にクリップが外れないかなどと色々心配して、主治医に相談したものです。
しかし、頭の中には空気はないわけですから金属が錆びることはないし、またクリッピング術は術式としてとても長い歴史があるのですが、止めたクリップが外れた例は、未だかつてないということを聞いて安心しました。
今では、頭の中にクリップが入っていること自体、ほとんど意識しなくなってしまいました。 

脳梗塞については、詳しいことはわかりませんが、僕は入院中に運び込まれてきた脳梗塞の患者さんの多くは、血栓を溶かす薬による治療で症状が改善していたように思います。


脳卒中から生還したら
 本人の気力、家族の思い、そして病院の技術と熱意によって、あなたは脳卒中から生還しました。
さて、ここからが病気との本当の闘いになるわけです。
脳梗塞の場合は、症状が安定したら、出来るだけ早くリハビリを始めた方が良いようです。但し、脳梗塞の中でも、太い血管の中にコレステロールや脂肪がたまって動脈硬化が起こり、血塊で血管がつまる血栓性梗塞の場合は、あわててリハビリすると再発の危険性が高まるので、注意が必要とのことです。

くも膜下出血の場合はそうはいきません。くも膜下出血の発病後、生還しても約半数の人が1〜2週間の間が、脳血管攣縮という、脳の血管が糸の様に細くなり脳梗塞を起こしやすくなる症候になります。僕もなりました。
脳血管攣縮になったからといって、必ず脳梗塞を起こすわけではありません。そういう危険があるということです。
また、発症1日以内を再出血のピークとして、2週間以内に約20パーセントが再出血するといわれています。さらに、出血により髄液の流れや吸収が阻害され、脳室という部分や脳のまわりに髄液が過剰に貯留して、水頭症という症状を併発することがあるそうです。僕もごく少量ですが、頭の中に水(髄液)が溜まっています。水頭症ではありませんが、この水は消えることはないそうです。しかし、発病から数年するうちに安定して、大きな後遺症にはならないことが多いようです。

このように、くも膜下出血の場合は、生還しても約2週間はICU(集中治療室)で絶対安静の状態が続きます。
身体を動かすこともほとんどできません。脳にダメージを受けたわけですから、多臓器不全を起こす可能性もあるので、この期間は食べ物を口にする事はできません。栄養はすべて点滴で補給することになります。
患者さんの中にはいろいろな性格の人がいるので、こういった危険性を本人に告げない病院もあるようです。そんな時、「もう意識も戻ったのに、なぜ動いちゃいけないんだ。なぜ食べちゃいけないんだ」と思う人もいるでしょう。
実はそんな理由があるのです。せっかく助かった命ですから、2週間の我慢と思ってベットの上で大人しくしていましょう。確かに下の世話まで、綺麗な看護婦さんにお願いするのは恥ずかしい話ですが、それもまた経験のひとつとして。(笑)
ここからは、とにかく前向きに物事を考えることが大切になります。


闘病生活について
 僕はこの病気を体験して、【気】」というものが、いかに自分の身体に影響を与えるかということを、あらためて実感しました。「病は気から」とは、本当に良く言ったものです。
運悪く、後遺症が残ってしまった方もいるかもしれません。しかし、医学の進歩は目覚しく、リハビリの技術も驚くほどのスピードで進歩していると言われています。命が助かればこっちの物だと考え、どうか悲観的にならないで下さい。
僕は、くも膜下出血の他にも実は色々な病気をしていて、特に10代の頃は、学校にいるのか病院のベットの上にいるのか、自分でもわからないような状態でした。皮膚癌なんて病気にもなってしまいました。18歳の時です。額の隅に出来た皮膚癌を皮下の肉ごと切り取り、そこに自分の胸の皮を移植しました。また20歳の時には、2週間続いた高熱を下げるための点滴の副作用で発病した肝炎が悪化して、「今夜が峠・・・」と枕元で家族に告げる主治医の声を、自分自身で聞いた・・・などという経験もしました。そんな闘病生活の中で、病気に対して前向きに接するコツのようなものが何時の間にか身についたような気がします。そのコツをちょっとだけ教えましょう。(^^)
それは、『できるだけ先の良いことを、そしてやりたいことを頭に描き続ける』ことです。『目標』ではありません。『そうなること既成事実としてて頭に描き続ける』のです。

ちょっとわかり辛いですか?それでは具体的に書いてみましょう。

僕は山登りが趣味です。中でも信州の北アルプスが大好きです。
僕がくも膜下出血を発病したのが3月の末。なんとか命をとり止め、奇跡的に後遺症もほとんど残りませんでしたが、出血のダメージで目の焦点がまったく定まらず、全てのものが二重に見え、見ている人物が透き通って、その向こうに景色が見えるなどという、まるで心霊写真を見ているような状態でした。また、神経にダメージはなかったのですが、それでも足に力が入らず、立って歩くことができませんでした。
その時、僕が毎日、頭に描き続けたことは、「北アルプスのどの山に登って自分の復活を祝おうか」という考えでした。
早く退院したいな……早く目が治れば良いな……早く歩けるようになれば良いな……また山を歩けるようになりたいな……などといったことは吹っ飛ばして、いきなり北アルプスです。しかも「北アルプスに登りたい」という願望でも目標でもありません。北アルプスに再び登るということ自体を既成事実として考えた上で、それをどうやって楽しむかを頭に描いたのです。

北アルプスに再び登ることを既成事実とすれば、その前提であるべき、目が治るのも既成事実、歩けるようになるのも既成事実、もちろん、また山を歩けるようになるのも既成事実となるわけです。

闘病生活というのは辛いものです。
3日間熱が下がったと思えば、次の朝には40度の高熱になり、4日間頭痛が治まって、さあこれで大丈夫かと思ったら頭を抱えたくなるような頭痛がぶり返したり……。まさに3歩進んで2歩下がる、いや時には2歩進んで3歩下がるような毎日が続くのです。そんな闘病生活の中で、『退院する』、『視力を回復する』、『歩けるようになる』といった近いところに目標を置いてしまうと、よくなったり悪くなったりの自分の毎日の状態に、精神的に疲れてしまうのです。精神的に疲れれば、当然、病気の回復は遅れます。遅れれば、また精神的に疲れる……。つまり悪循環に陥ってしまうわけです。
『できるだけ先の良いことを、やりたいことを頭に描き続けること』、『そうなること既成事実としてて頭に描き続ける』とはそういう意味です。
人間は、自分の目標を既成事実として捉えれば、知らず知らずのうちにそれに向かって努力をする不思議な生き物のようですよ。


見守る家族の皆さんへ
 患者は脳にダメージを受けたのです。特に意識が回復してしばらくの期間は、発病前と人が変わったような態度になったり言動になったりするかもしれません。しかし、その多くは一過性のものであることが多いようです。実際、僕にもこんなことがありました。
僕の場合、意識が回復した段階で、自分が脳に出血して昏倒する直前までのことを記憶していたので、なぜ自分が病院のベットの上に縛られているか(意識が戻った時に、無意識のうちに暴れないように患者はべットに固定されています)を理解していたし、朦朧としてはいましたが、意識もしっかりしていました。
そのまま2週間の間、集中治療室のベットの上で頭痛と闘ったわけですが、ずっと意識はしっかりしているつもりだったし、記憶もあるつもりでした。しかし、ある時、僕だけ病院の枕を使っていないことに気がついたのです。不思議に思って面会に来た家族に聞いてみると、意識が戻ってから2日目に「病院の枕は硬くて眠れないから、いつも使っている自宅の枕を持ってきてくれ」と、僕が言い張って聞かないために、病院に了解を取って、自宅から枕を持参したというではありませんか。もちろん僕にはそんな記憶はまったくありません。しっかりしているつもりでも、ところどころで、わがままな言動を繰り返していたようです。
また、一般病棟に移ってからも、夜中に軽い脳梗塞で隣りのベットに運び込まれて、処置後、朝まで延々と太平洋戦争の逸話を大きな声で語り続けた老人もいましたし、集中治療室から移ってきた、僕よりも少し年上の患者が、荷物をまとめて、「タクシーが来たので退院します。お世話になりました」と夜中の3時に、僕の枕元で挨拶をしたこともあります。
夜中に車椅子(退院する当日まで、僕は車椅子の移動しかできませんでした)でトイレに行って病室に戻ると、看護婦さんが来て部屋で騒いでいる。看護婦さんの隣で、僕と同室だった高○という患者さんがぼんやりと立っている。看護婦さんに話を聞いてみると、高○さん、トイレに行ったのは良いけれど、いざ帰ろうとしたら、自分の病室がわからなくなって隣の女性の病室に入ってしまい、看護婦さんが飛んできたらしい。「しようがねぇなあ。高○さん」と僕があきれて言ったら、看護婦さんが僕を見て、「ところであなたはなんでここにいるの?」……なんて笑い話のようなこともありました。

自分も含めて、こういった患者さんたちも、退院する時には、発病後のわけのわからない状態が嘘のように、しっかり挨拶して病院を後にしていきました。ですから家族の方々も、もし患者さんが発病前と違う、こういった言動を繰り返しても、一過性の物を考えて、どうか首を傾げずに温かく接してあげてほしいものです。もちろんそこには、忍耐も必要になりますが。

発病した本人が前向きに考えた方が良いのはもちろんとして、ある意味それ以上に重要なのは、周りを取り囲む家族の思いです。
これからの生活の心配もあるでしょう。患者の後遺症の心配もあるでしょう。それよりなにより患者本人がこのまま助かるかどうかという究極の心配もあるでしょう。
でも、患者を取り囲む家族の方々は、患者の前ではけしてそういった不安な言葉は言わないようにしてあげてください。患者に意識があってもなくてもです。言葉だけではありません。表情ひとつにも患者は敏感に反応します。大病をした患者は精神的にとても敏感になっています。小さな不安も患者に伝わり、それはそのまま病状の悪化や、改善の遅れに繋がるのです。患者の周りを囲む家族こそ、患者本人以上に前向きになるべきというのが、僕がこの病気を体験して感じたことです。

病院に担ぎ込まれた時、その出血の多さと状態を見た医師は、「90パーセントだめ。もってあと、2時間」と家族に告げました。
その言葉を聞きながら、僕の家族は病院の横にある薬局に、入院生活で使う『吸い飲み』を買いに走ったのです。あまのじゃくな僕が、意識の何処かで医師の声を聞いていたならば、その言葉に反発して絶対復活すると思ったのだそうです。こんな前向きな家族の姿勢が、意識を失っているはずの僕の身体と精神に力を与えてくれたと、僕は思っています。
僕は神も仏も信じない不心得者ですが、この病気を経験してから、人間の【気】というものには、大きな力があると信じるようになりました。

もちろん、信仰と気とは別のものとして考えています。

未来をめざして
 何にしても脳卒中という病気は、大変な病気です。前向きに・・・と言ったって、実際に病気と直面する毎日を繰り返していれば、常にそんな気持ちでい続けられないのが現実でしょうし、落ち込む日もあれば、不安になる日もあるでしょう。しかし、病気に関わってしまった本人もそして支える家族の方も、「脳卒中という重大な病気に掛かりながら、命を落とさずに生還した!」という事実をまずは素直に喜び、そして未来に希望を持って頑張ってくほしいものです。生きていれば色々あり、楽しい事もあれば辛いこともありますが、それも全ては命があっての話です。

やっぱり「生きてる!」という事が、人間にとって最も幸せなことだと僕は思うのです。




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