過去のノート
2010・12

 イッツとノッチの若カップルは、さすが子育て上手の我が家の系譜を受け継ぐ者たちであった。しっかり交代で抱卵し、飼い主の都合で1個だけになった有精卵(5個は擬卵と替える)を、18日にあっさり孵化させ、その後も順調に育雛してくれた。
 生まれたヒナはトミと名づけた。ヘイスケから数えて13代目となるので、十(とお)と三(み)なのである。トミの場合、ヘイスケの再来もしくは凌駕する天才と見なされているキュー様の母方の玄孫(息子の息子の娘の子)、父方の曾孫(娘の息子の子)になるので、ただ者ではないはず・・・だが、さてどう育つであろうか。
 予定通りに12月3日、孵化16日目に親鳥たちから引継ぎ差し餌を開始。5日現在まで順調。体重は26gでやや大柄、頭も形がよく大きく、色は真っ黒。アイリングがしっかりしているが目は小さめでクチバシは厚く短めだ。初回から警戒心を見せずよく食べ、手の中で眠りたがる。・・・総じてかわいらしい。成長に期待したいが、差し餌期間は長くなることを希望する。

 身体に障害を抱えているカナだが、繁殖気分になってしまい、夫以外のオスたちにも襲われつつ、案外にも安々と6個産卵した。繁殖器官には何ら問題ないようだ。
 一方、老齢のクラの方は、悪化もせず良化もせず、その日暮らしを続けている。今年の冬は寒くなるという説もあるようなので、気をつけたい。

 マナツは時折飼い主の顔面でロッククライミングする以外は、かなり「大人」びてきた。首筋をつねらなくなったのだ。
 これはつまり、飼い主を羽づくろいをする相手=恋ビトとせず、他に恋愛対象を見出したことを意味する
(若い文鳥の噛み癖に悩む人は多いものだが、それだけ愛されているとも言えるのだ)。気が多く、メスというメスすべてに色目を使っているが、一番のお気に入りはイッツのようだ。
 イッツの子のトミがメスなら、願ったりかなったりの組み合わせになるのだが、そういった期待がある時は、オス同士なんだよなぁ・・・。

2010・11

 上旬、ようやく箱巣に切り替える。早速巣材を与えると、せっせと巣作りを始めたが、しっかりとした巣を作れるのは、ハルとキューの2羽だけで、他は運び込むのは良いが、いい加減で、結局また引き出して捨ててしまうことが多い。
 かなり勿体無いのだが
(拾い集めて再利用はする)、とりあえず、オスの巣作り本能を刺激し、繁殖期のあり余る精力を発散してもらえれば良しとしたい。
 カップルになりきれない様子のイッツとノッチが、案外にも日を追うごとに巣作りに熱心になり、下旬には夫婦らしく行動し、産卵するようになったのは、箱巣へ切り替えた大きな収穫と言えよう。放鳥時間も交代で抱卵しているようなので、あっさり13代目が誕生してくれるかもしれない。

 マナツは順調にヒナ換羽を続け、11月5日現在、ほぼ終了の状態だ。
 翼羽の一部が白い以外は、胸にぼかしもなく、アゴも黒く、ノーマル文鳥のような姿。この配色は、父ノコリと同じなので見分けが難しくなりそうだ。
 ただ、性格は違う。のんびりとお坊ちゃま然としている父ノコリに対し、息子マナツは挙動不審の暴れ者で、手当たり次第に他の文鳥を襲うし、人間の顔面に張り付いて
(片脚をフン除けにかぶっているウォッチキャップにひっかける)目をつつく。鏡回しが得意で、い草ボール乗りもこなす芸達者で憎めない奴だが、それにしても厄介だ。
 クチバシのとんがったこの悪ガキは、当然手のひらなどに入ってはくれなくなった。・・・まったく、永久にヒナのままでいてくれる文鳥が、1羽くらいいてくれても良いのに、と心から思えてしまう。

 我が家では最長老のクラは、もはやテーブルの上に連れ出せる様子ではないものの(あまり物が見えていない様子で不安がるだけ。さらにマナツが襲撃する)、季節の変わり目の変動は乗り切った。次は冬の本格的な寒さだ。頑張ってほしいところだ。

2010・10

猛暑が居残っていたかと思えば、初秋も中秋もすっ飛ばして晩秋のようになったり、そういった荒っぽい気候の下でも、ノコリとスミの子マナツは、順調にひとりエサになり、現在はヒナ換羽中で、無茶飛びをしたり、おとなの文鳥たちを踏みつけたり、鏡回しに興じたり、好き放題に暴れ回っている。
 すでに手のひらでじっと静かにしてくれることはなくなったが、それでも手を恐れないので、簡単に捕まえられ、頬などをなでると数秒間だけ喜ぶ。この素直さが失われて欲しくないものだ。
 オス確定のはずだが、そう言えばさえずり練習を公開してくれていない。しかし、ブレイ流なのだろう。あきらめきれずに、口笛でヘイスケ流を聞かせてはいるのだが・・・。

  激しい気温の上下が影響したのか、クラの調子が徐々に悪化しているように見えた。そこで、カゴの横に20W保温電球、上に『暖突』を設置した。
 あまり信用できない天気の長期予報によれば、今年の冬は寒いらしいので、心配だ。 

 その他の文鳥たちは、特に問題もなく元気で、猛烈な残暑をものともせずに繁殖期に突入し、安産、抱卵、といつもの展開を示していた。
 ただ、9月の中旬まで話しにならないほど暑かったため、つぼ巣から箱巣に切り替える時期を逸してしまい、今のところつぼ巣のままだ。つぼ巣では巣作りの余地が少ないため、オスたちの力が有り余ってしまうような気がする。うっとうしいので、やはり箱巣に替えねばなるまい。

2010・9

 ノコリとスミの子供は、夜の放鳥時間中は両親から放置され続けたが、真夏の暑さで凍えず、問題なく成長、13日夜、無事に飼い主が引き継ぐことになった。
 名前は、真夏に生まれたのでマナツ。父ノコリの曾祖母はナツなので、先祖の名前に因んでいることになる。マナツ、女性名称のような響きだが、古代に藤原真夏という貴族がいたので男性名称でもおかしくないと思う。
 頭が体に比して少し大きめで、目が大きく若干垂れ目、総じてかわいらしい。かなりの甘えん坊だが、手がかからない優等生だ。容姿は母スミ似、性格は父ノコリ譲りと言ったところであろうか。
 夏、それも歴史的酷暑だったので、保温・保湿の気遣いもいらず(それでも始めの数日はシート型保温器をフゴの下に敷いていた)、当然のようにすくすくと育ち、生後27日目の8月24日には初飛行をし、放鳥デビュー後もおとな文鳥たちに臆することなく、9月5日現在では、ひとりエサへ秒読み段階だ。まったく、文鳥ヒナの成長ときたら、あっという間だ。

 マナツは当初メスと予想したが、手の中にもぐり込む際に「ギュル〜」などとつぶやくので、オスの可能性が強まっている。となれば、将来はごま塩ケコを女房に迎えるべきではなかろうか?幸い手の中で当然のようにモフモフとしているマナツに対し、飼い主の肩に密着し続けるケコは嫉妬することなく、むしろ好意を持っている気配がある。
 しかし、今シーズンは13代目が誕生するかも知れず、そのヒナ(名は「トミ」と決まっている。13代目、十【とお】と三【み】なのだ)がメスなら、それと夫婦になる未来像もありだろう。
 どうなるかわからないので、こうなれああなれと、あまり決め付けないでおきたい。
そもそも13代目計画が順調に行くか怪しいではないか。何しろ12代目の美少女(?)イッツは、曽祖父のキューに付きまとっていたかと思えば、次にやはり女房のマキが換羽中の父イブに接近し、今や危険なカップルとなっているのだ。
 マキの換羽が終わり、イッツがノッチと巣作りするようになれば変わるはずだが、落ち着くまでにどれほどの時間が必要になるかわからない。期待しすぎてはなるまい。

 9月になっても猛烈に暑いままだが、エコ、ニッキ、アイは産卵し抱卵も本格化している。とにかく、暑さに負けてボンヤリし、予期せぬ孵化が起きないように気をつけたい。

2010・8

 ケコは小鳥屋さん出身の文鳥としては異常なことに、文鳥にほとんど関心を示さず、人間を好み、当然のように飼い主を伴侶と認識してしまった。・・・認識してくれた、どうだ、もててスゴイだろう、とここは威張りたいところだが、肩に止まってそこら中をクチバシの先でつねってくるので、わりに文鳥の攻撃に耐性のある飼い主も、毎晩戦々恐々とする有様となり、とても誇る気分にはなれない。
 ケコの場合、顔にはベタベタと近づくが、手を嫌がるので(ヒナの時に手の中に包まれたことがないのだろう。同じ店出身でもカナは初めから手の中に入ってきたので・・・、さてはお店の爺さん差別したか)、今のところ対処のしようがない。とりあえず手のひらに慣れてもらいたいと思っている。

 ノコリとスミのニューカップルは、猛暑も無関係に繁殖に突入した。安産であった。夫婦仲良く抱卵も始めた。しかし、夜の放鳥時に、夫婦そろって出てきてしまい、そして夫婦そろって自主的にカゴに帰れない。
 スミの方は帰りたいので、ウロウロウロウロ、バサバサバサバサバサ、と徘徊するのだが、隣カゴには入るのに、自分のカゴをどうしても認識できない。ノコリの方は、自分のカゴは認識しているものの、女房の留守に自分が交代するという発想がなく、外掛け容器で回れ右する。
 これに比べれば、やはりキュー様は偉大だ。あの、頭のネジが一本足りないかと疑われたニッキを、自主帰宅出来るようにしつけてしまったのだから。何しろ、わざわざニッキの近くに来て一緒にカゴに帰るように誘い、外掛け容器の上に止まって、何度もUターンしては戻ってくるニッキを待ち、同じ場所に来たら自分がカゴに入って見せるのだ。まったく、そこいらの人間よりよほど気が利いている。
 そういった感じで、放鳥の約2時間、抱卵されないので、卵は孵化しないだろうと思っていた。ところがあっさりと有精卵で、1個だけ残したものが、きっちり7月29日に孵化した。
 気温が高いので、2時間放置されても卵内部が冷えきらず、成長が中止されずに済み、2時間程度なら転卵しなくても問題にならないもののようだ。とにかく、仮の名称を「マナツ」とし、毎晩留守になるつぼ巣をのぞき見しているが、8月5日現在順調だ。

 心配していたイッツのキューへの恋慕は、それほど深いものにはならなかった。ノッチとアイの仲も、ポンの換羽が終了すると、収まってきた。また、シンさんのマキに対するストーカー行為も、それほどエスカレートしていない。今年は案外大騒動には発展しなかったようだ。
 とりあえず、トウモロコシなどを食べ、水浴びを大いにし、猛烈なのだろう残暑を乗り切ってもらおうと思う。

2010・7

意外なことに、スミがシンを捨て、ノコリと仲良くなり、同居することになってしまった。
 元々、スミはノコリの嫁候補として迎えたのだから、これは願っても無いことかもしれないが、それでは、ケコを迎え入れた意味が無い。・・・しかし、ごま塩は必須のファクターだし、ケコに会えたのは、明らかな僥倖で・・・・、などと、飼い主の頭の中が混乱をきたしたのは、無理からぬところだろう。
 この事態に陥った責任は、まずシンにある。換羽に入ったシンは、もともと「押さえ」としていたスミを伴侶として大切にしなかったので、スミの方も同居するシンを伴侶と見なせない状態が続いていたのだ。これは失礼な態度と断じられよう。
 次に、やはりノコリが身勝手だ。元々、飼い主の好みではあったが、ノコリの好みも考えて選んで連れてきた飼い主が、換羽が終われば美しくなると耳打ちしたにもかかわらず、その配慮をまるで理解せず(理解したらかえって怖いが・・・)、一目見ただけで追い払い、その後も眼中に無かったのに、そのスミが換羽を終えて、我が家に慣れてテーブルの上にやって来るようになると、手のひらを返して接近し、それまで愛ジンとしていた飼い主を捨て、付きまとい始めたのだから、節操がないと言わねばなるまい。
 スミにしてみれば、ちやほやしてくれるオスの出現はうれしいわけで、あっという間にカップルとなった。スミに責任は無い。

 さて、同居中の婚約者に逃げられた形になったシンだが、換羽中だったためか、「押さえ」に逃げられたことに、特別なこだわりを見せず、換羽が終わると、元通りマキの付き鳥に戻った。当然のように、隣カゴの独身のメス、人間が見るところでは絶世の美鳥ケコの存在など、まるで眼中に無しだ。
 一方、ケコの方も、まるで文鳥たちには興味を示さず、飼い主を伴侶認定してしまい、肩に止まっては、そこら中をつねりまくるようになった。これは、飼い主にとって恐怖の行動以外の何物でもないが、何しろ文鳥なら、恋する相手の羽を突いて愛情を示すのは当たり前なので、文句も言えない。人間に羽毛が無いからいけないのだ。
 人間である飼い主の目から見れば、異種間の恋愛というのは、実に厳しいものがある。しかし、小さくのんびりしたお店で売れ残っていた手乗り崩れのケコにして見れば、人間も文鳥も見慣れた仲間(同じ種類)なので、苦情を言っても聞き入れてはくれない。好きなので羽づくろいしてやっているだけなのだ。
 かくて、新しい文鳥の恋ビトが現われるまで、飼い主は放鳥時間に首をタオルで、耳をウォッチキャップで守らねばならなくなった。・・・冬なら長袖が着られたのに、間が悪いことであった。

 その他、思春期となったイッツが、曽祖父のキューに憧れて付きまとい、一時はキューの方もその気になって、一緒につぼ巣に入るまでになった。これには、前妻も前々妻も桜文鳥であったキューが、シナモン文鳥で換羽中の三番目の妻ニッキを捨てて、禁断の恋愛に発展する可能性を考え、戦々恐々とさせられた。
 しかし、おとなのキュー様は小娘の誘惑を適当にあしらうようになり、また、イッツもノッチと一緒に行動する元の状態に戻り、大騒動にはならずに済んだ。

 秋までに、まだいろいろありそうで、楽しみ半分不安半分だ。

2010・6

 4月末にセンター北で購入した嫁候補の桜文鳥は、シンと同居することになった。もちろん、始めはノコリのカゴに入れたのだが、 換羽中のノコリが虐待しそうだったので別居、その夜の放鳥時に、シンが目ざとく「声をかけ」、巣に一緒に入って喜んでいたので、同居させることにしたのだ。
 なお、この桜文鳥、ヨメと名づけたものの、放鳥デビューから数日の間、飛び方が分からず、ネズミのように床をチョロチョロ逃げ回り、暗い隅っこに隠れるので、ネ「ズミ」、「スミ」ッコ、でスミと改めた。
 1ヶ月以上経過して、今ではかなり飛び方もうまくなったが、人間にはまるで親しまない完璧な非手乗りだ。放鳥時もテーブルの上には降りて来ず、何が楽しいのか知らないが、あっちのつぼ巣こっちのつぼ巣と渡り歩いている。

 結局、我が家の箱入り息子であるノコリだけが、一羽暮らしとなってしまった。ノコリは、ヘイスケ系ではないためか、目はつりあがっておらず、性格もわりに温和で、年上の女房に先立たれると、飼い主を伴侶と見なし、少々うっとうしいくらいにまとわり付いてくれている。 実に親孝行だ。
 この際、肩の上に止まって耳をかじる状態から、一歩進んで『握り文鳥』状態に持っていこうかと、飼い主の見果てぬ夢、もしくは野望がもたげた。しかし、繁殖シーズンになれば、飼い主を2号に格下げし、誰かの女房文鳥を付け回すのは、ほとんど自明の理 と言えた。やはり、早々に嫁を探すべきだ。
 そこで、また嫁文鳥探しを始めた。ノコリの亡妻のコウは桜文鳥で、妻を失った現在も、桜文鳥のアイに関心があるように見える。また、白文鳥のメイも好みのタイプらしい様子が見える。つまり、桜でも白でも良いらしい。飼い主としては、桜と白の組み合わせでごま塩柄の文鳥を復活させたいので、白文鳥、可能なら桜文鳥との間にごま塩柄しか生まないはずの台湾系統が望ましい。そして何より、今現在ノコリの「愛人」である飼い主をも(人間としての性別は、文鳥にとっては無意味)、納得させる外見でなければならない。
 慌てて探すことも無いので、ゆっくり少しずつ見て回るつもりだったが、5月15日、お気に入りである六浦(最寄り駅は京急金沢八景)の小鳥屋さんで、ごま塩柄の文鳥を見つけた。頭が白地に黒ごま塩、背中は灰色で翼は白、尾羽は真っ黒、完全無欠のごま塩文鳥で、まさに、ヘイスケの娘たちの再来であった。目つきは優しげなのでメスと思ったが、案の定そのとおりで、内心小躍りしながら購入した。白と桜のどちらも好きなら、その中間はベストの選択ではないか、そもそも、子供がごま塩になるかどうかわからないのに、それを待ち望む無駄がない。
 六浦で買って来たと家人に告げたところ、勝手に「ケイコちゃん」と呼び出した。せっかくなので、「ケコ」と名づけることにした。
 このケコは不思議な文鳥で、人間も文鳥もまるで恐れないが、さりとて親しくしようともしない。おそらく、あの小さな小鳥屋さんにヒナから居続けの売れ残りだったのだろう。つまり、差し餌で育った手乗りだが、差し餌が終われば人間とスキンシップをとる機会がないため、手や腕や肩に止まってくつろぐような事を考えられないのだろう。しかし、他の文鳥たちは、好き勝手に止まり木代わりにしているので、その内釣られて、手乗り文鳥らしくなっていくように思う。
 なお、ノコリは、まるでケコに関心を払っていない。ペアリングの試みをするとしても、秋の繁殖期になってからの予定だ。

 ノッチとイッツは、ほとんどヒナ換羽を終え、ともに美しい外見の桜文鳥となった。ノッチはヘイスケ系の母よりノロ系の父の影響がより強いのか、性格が鷹揚だ。イッツの方は母のマキに似ているが、所々に父から受け継ぐヘイスケ系の影響が見られ、食べるのが好きで動きに落ち着きが足りず、鏡の中の自分が好きで、そして時折、誰彼構わず飛び蹴りをする。
 今後の活躍を、さらにさらに期待したい。

2010・5

 何ともきつい1ヶ月であった。

 自分が育てたり、思い入れの強い文鳥の死を受け止める際、一種の悟りというか自己暗示を習得しようと勤めている。看護することも無く、あっさり亡くなってしまう文鳥は、『親思い』で、長らく看護が必要だった文鳥は『親孝行』、と言うものだ。
 小鳥が亡くなることを、昔は「落鳥」と表現されていたが、朝起きて見たら、カゴの下で冷たくなっていた、といった最期は多いものだ。この時、異変に気づけなかったと後悔する飼い主も多いが、寝るまで異変などまったくなかった可能性もある。人間でも睡眠中の突然死はあるものだが、小鳥の場合数時間で急変することがあって当然なのだ。
 突然に死なれてしまえば、これは恐ろしいまでにショックだが、保温だ、通院だ、投薬だ、入院だ、何だかんだと、保護者=親であるところの飼い主の負担にならなかった点だけ見れば、どうだろう。これは『親思い』以外の何物でもない。
 一方、長患いでいろいろ飼い主に手間隙を掛けさせてくれるのは、『親孝行』だ。何しろ、特に手乗りの鳥の客観的に見れば飼い主で、主観的には親である人間の本質は、いろいろ我が子の面倒を見たいママゴンであることが多いはずなので、長らくかいがいしく世話をしたり、思い煩わせてくれるのは、時間的、精神的、また時には経済的に苦しくはあるが、実は喜ばしく思える面もあると思う。頼るわが子を世話をして頑張れるのは、生きがいにもなるので、そういった機会を与えてくれる子は、やはり『親孝行』だろう。

 それで、3月30日に親思いのシズ、4月22日に少し親孝行で親思いのヤッチ、5月1日に前代未聞に親孝行のオッキ、1ヶ月あまりで、親思いと親孝行な3羽が彼岸へ飛んでいってしまった。まさに、ワン、ツー、スリーと容赦なく繰り出されるパンチを、思い切りまともにくらったようなもので、飼い主の精神的なダメージは甚大だが、恐ろしいことにこれ以上続かないとの保証はないので(運動困難状態のクラも、神経症のようなカナが不安だ)、無防備に悲しみに沈むのは危険すぎるという緊張感も同時に保持することになっている。

 シズはいちおう先月のことなので、まずヤッチ。
 毎年、換羽が重く、体調変化や精神的な変調をきたす彼は、まさに腫れ物に触れるようにしなければいけない状態にあった。夜の放鳥時間にも出てきたり来なかったりだったが、テーブルの水浴び場での水浴びが好きなので、出てきたい時はカゴの出入り口にたたずみ、飼い主が迎えに行くのを待つことになっていた。
 22日、この日、ニッキが突如キューのことを意識し、その後を追い始め、それに気づいたキューが、今までシナモン文鳥など眼中に無かった態度を豹変させ、あっという間にカップルが成立した。まさに椿事で、放鳥部屋のつぼ巣の中に入っている2羽を見て、独身者同士が片付いて良かった良かったと手を打って喜びたい気分になっていた。すると、そのつぼ巣の下の奥のヤッチのカゴの出入り口に、ヤッチがたたずんでいるのが見えた。
 放鳥時間終了まで10分程度だったが、慌てて迎えに行き、二の腕を出したが、目測を誤って落下、慌ててかがみこみ二の腕に乗せてテーブルに運んだ(手は怖がる)。それから放鳥の終了時間まで、ヤッチは水浴び場周辺でたたずむばかりで水浴びをせず、終了間際になって箸置きに盛られた湯漬けエサをつまみ始めていた。少し待ったが、それほど切実に食べているわけでも無さそうなので、カゴまで送って行こうと、二の腕を出した。ところがヤッチは拒否して、ちょこちょこと歩き、特に追いかけたわけではないが、テーブルの端から落下した。
 横向きに床に衝突したのがわかった。これはいつものことだ。ところが、いつもならのそのそと起き上がるはずが、そのまま動かない。異変を悟ってすぐに拾い上げたが、半目を開けて息をせず、そのまま目を閉じてこの世から旅立ってしまった。揺すれど叩けど戻らない。
 愕然としたが、他の文鳥たちをカゴに帰さねばならず、その作業を終えて、キッチンペーパーに乗せたヤッチを見たが、完全な遺体となってしまっていた。
 換羽もあって心臓が弱っていたところ、打ち所と息を呑むタイミングが悪かったのではないかと想像している。箱入り息子の優等生から、狂気の文鳥に豹変したヤッチの、おそらく親思いで劇的な幕切れであった。合掌。

 次にヤッチの母のオッキ。
 1年近く、バリアフリーな環境で生活し、朝昼昼晩の4回、手の中で湯漬けエサなどを食べて生活してきたが、ヤッチがなくなった後くらいから、衰弱がゆっくりと進み、手の中でうつらうつらと眠る時間が長くなっていた。その様子を見て、寿命の先が見えた不安で心穏やかではなかったが、5月1日がその日であった。
 朝は湯漬けエサも食べ、異常と言えることはなかった。それが11時になると、食べようともしなくなっていた。その後、仕事の都合で一時的にカゴに戻ってもらおうとする飼い主の要請を、強い意志で拒否し(手から降りない)、上に行ったりしたに行ったりする飼い主の左手に止まり、動き回る飼い主を咎めるように指に噛みつき、もはや最期と思って、ベランダに出て外を見せてやったが、それより放鳥部屋に戻ることを望み、その間着実に衰弱していった。
 ・・・さて午後の水交換はどうしようかと思い始めた14時前、いよいよ容態は差し迫ったものになった。時折体をぶるっと震わせ、力なく手のひらや指をかじり、じっとしている時の心拍音はパチンと破裂するような衝撃のあるものになり、口は半ば開き加減になった。そして、14時15分、放鳥部屋を見上げるようにするので、左手に乗せたまま掲げるようにしてゆっくり移動し、元に戻った時には息をしていなかった。目は開いたまま。
 ヒナの時から食べるのが好きな甘えん坊だったオッキ、夫の目を盗んでは手の中にもぐりこんできたオッキ、1年ほどの闘病生活の末、約束どおり手のひらの中での、親孝行な最期であった。合掌。

 彼岸の彼方だかどこだかに飛んでいってしまう文鳥もいれば、我が家に生まれたり迎え入れたりする文鳥もいる。
 時代のホープ、ノッチとイッツは順調に大きくなり、ヒナ換羽も終盤になり、さえずりの練習も盛んだ。練習しているのはノッチのようなので、オスとメス、そして仲の良い夫婦になってくれそうだ。
 結果、ノコリとシンのオス2羽はあぶれたままになるので、とりあえず1羽のメス桜文鳥を4月30日にセンター北の大きなペットショップで購入してきた。換羽中で、小柄で、色が濃く、気が強そうな大きな目をした文鳥だ。名前は嫁さんなのでヨメ(お店の名前にちなんでヨネにしようかと思ったがやめた)、ノコリの嫁候補だが、シンが何とかするかもしれない。今後の展開次第だ。

2010・4

 ノッチとイッツは、我が家を縦横無尽に飛び回り、おとな文鳥たちとも対等以上に張り合って生活している。最初からおとなたちを怖がらず、ひとりエサへの切り替えもスムーズで、実に手のかからない賢い子供たちであった。
 4月初旬現在は、ともにヒナ換羽中で、オスかメスかは不明、イッツが素直で甘えん坊、ノッチが我が道を行くきかん坊だ。ただ、我が道を行くノッチは、わざわざテーブルの縁に降りては脚を滑らせ落下したり、ノロ系統の間の抜けた行動をしてくれるので、憎めない。
 イッツはメスではないかと思うのだが、さてどんなものだろう。

 オッキの体調に目立った変化は無く、独身になったノコリは、飼い主を本命にして、他のメス文鳥に浮気することも無く、独身期間の長い、ニッキはラックの愛ジンとして日を過ごし、シンは紳士的に付きまとい行為をするだけ、つまり、とりあえずは問題も無く日が過ぎていった。
 ところが、月末30日になって、意外な事態が起きてしまった。朝、少々気分が悪そうだったシズが、午後になって危篤状態で発見されたのだ。カゴのエサ箱の横の底に居て、首だけ上、つまり開閉口の方に伸ばして立て掛けているような姿勢だ。あわてて取り出すと、生きてはいるが、すでに体が冷たくなっていた。手の中に入れ、その手を懐に入れて温めると、気を取り戻したので、ブドウ糖水などを飲ませようとしたが、一口含む程度で、ほとんど飲み込んでくれなかった。
 下腹部を確認したが、異常はなく、卵の感触もなかった。卵は底網に1つ割れずに落ちていたので、難産の末に産んだものと思われる。巣の中には、別に卵が1個。・・・、今シーズンは、換羽が不十分のまま繁殖期に入り、産卵も2、3個だったので、春まで省エネ産卵を続け、その後本格的な換羽に移行し、次のシーズンは正常に復するのだろうと考えていた。しかし、想像以上に体力が衰弱していた結果、難産に耐えられなくなっていたのかもしれない。
 ここ数日の間は、夫以外のオスに追いかけられてかわいそうだったが(産卵気配のメスは、本能的に察したオスに襲われる)、動きは正常で、食欲もいつもどおりに旺盛ではあったが・・・。
 先妻のセンも同じような状態になったのを思い出し、やはり少々異常なキューと生活を共にする妻文鳥は大変なのだろうと考え、それでも、水を交換する時は、体を伸ばして威嚇するキューの横に来て、同じ姿勢で威嚇するシズの姿は、まさに夫唱婦随であったのも思い出され・・・。
 考えても仕方が無いので、バリアフリー化し、シートタイプの保温器をつぼ巣の下に敷き、30W保温器も設置した療養ケージを急遽用意し、夢うつつにまどろむシズを移した。そのケージそのものも、夜間も暖房の入っている、保安灯で真っ暗にはなっていない部屋に置いた。

 たびたび試みても、エサも水分も受け付けないシズだったが、夜までは生きていた。しかし、翌朝には、つぼ巣から半身を乗り出す姿で亡くなっていた。亡くなってから時間を経過した様子だったので、日付が変る前に亡くなってしまっていたのかもしれない。

 お店で成鳥の姿で買い、非手乗りのはずだったが、実際は手乗りであったシズは、おそらく、シーズンオフ、産卵期の最終に生まれ(6月生まれと説明を受ける)、親鳥の休養のため、繁殖農家が差し餌をして育てた文鳥だったのだろう。つまり、愛されて手乗りになったのではなく、厄介者として手乗りになった文鳥と言えようか。
 しかし、そのおかげで、我が家には最初から簡単に順応してくれたし、最期に病んで手の中に入れても拒否するようなことはなかった。誰とでも仲良くし、オッキのエサを盗み食いしても叱られないのは、シズだけであった。夫のキューとは、初対面で壮絶なプロレスごっこを展開し、飼い主の肝を寒くさせたが、それがキューと仲良くするのに一番有効だったのかもしれない。そう思うと、無邪気でかわいらしい性格だと思っていたが、案外、相手に合わせられる賢い文鳥だったのか・・・。
 テーブルの上でいろいろ食べあさるシズが居なくなったのは、何とも悲しい限りだが、繰り言は無意味だろう。とにかく、若くして亡くなったシズに合掌。

 かくして、キューまでが独身になってしまった。おかげで、飼い主はモテモテのうっとうしい状態となっているが(手乗り文鳥にとって、飼い主は本命が居なくなった時のつなぎであり「2号さん」なのだ)、これが何時まで続くのかわからない。さて、どのように収拾したものだろうか。悩ましい。

2010・3

 やはりヘイスケの血脈はすごい。ほぼ例外なく子育て上手なのだ。
 2月7日に、どちらもヘイスケの子孫であるシュー・ラック夫婦のヒナが孵化し、翌日には、ヘイスケ系11代目のイブのヒナが孵化した。両夫婦ともに1羽っ子をしっかり育ててくれ、しかも、朝の短時間放鳥時に夫婦連れ立ってカゴから出てくるため、孵化から毎日、ヒナの様子を確認することが出来た。ありがたい。
 親鳥に『異物』として片づけられず、ぬくぬくと育ったヒナたちを、22日夜に引き継ぎ、その後も順調に育てている。
 名前は孵化した時に付けたままになりそうだ。いわく、シュー・ラックの子がノッチ、イブ・マキの子がイッツだ。名づけ理由は、語呂あわせ。ノッチは、ノロの7代目なので、ノロのノと、中国語の7「チー」を合わせただけ。一方のイッツにしても、12代目だからイチとツーを合せたに過ぎない。
 そして、これは企んでのことではないが(遺伝子の継承は男系でも女系でも何でも良いというポリシーを持っている【人間も同じ。男系の伴性遺伝や女系のミトコンドリア遺伝ような科学的な対象を、文化的に意味を持たせようとする者は、すべからく、性差別を根底に持ったご都合主義だと見なしている】)、それぞれ父の名前と共通性を持つことになった。・・・となれば、ともにオスになるのではなかろうか。やたらとオスが生まれる確率が高い昨今の我が家なので、どうしてもそういった疑いを持ってしまうのであった。

 2月23日、コウが急逝した。夜の放鳥の間に行う掃除中に、底網の上に倒れているのを発見したのだ。すでに亡くなっていたが、死後さほど経過をしていない、まだ温かさが残っているような状態であった。
 数日前から、また産卵を始めていた様子であった(巣の中に卵5個あり)。そして、今度は期待していないので、案外うまく育ててくれるかもしれない、などと思っていたのであった。従って、産卵障害の可能性が頭をよぎったのだが、遺体にその兆候はなかった。・・・内臓の腫れも見られず、吐血したわけでもなく、日中は問題ない様子に見えたのだが・・・。
 変わったことはあった。前日夜に隣りのクラ・ミナのカゴに入り込み、朝になるまで、紛れ込んでじっとしていたのだ。おそらく明るくなってから事態に気づいたクラ・ミナに軽く追い払われていたのだろうが、その騒動で、ようやく気づいて自分のカゴに戻したのだった。その際は外傷もなく、すぐにエサを食べていたので、笑い話の種だと思っていたのだが・・・。
 結局、この事件が、産後の体調に何らかの影響を及ぼしたのかもしれない。わからないものである。合掌。

 かくして、飼い主の反対をまるで無視して結ばれた年の差夫婦は、悲しい結末に終わってしまった。残された、まだ1歳にならないノコリは、ヒナたちとどのように関わっていくことになるのだろうか。
 また、手のひらをめぐる攻防が6代目オッキとヒナたちの間で勃発するのか、今後も何かと起きそうだ。

2010・2

 冬だが、文鳥たちには比較的に平穏な日が続いていたように思える。

 独身のシンは、桜文鳥のメス限定で付きまとい行為を続けている。しかし、案外と言っては失礼だが、文鳥のオスにしては信じがたいくらいの『紳士』で、決して無理に交尾を迫らないため、騒動にならない。
 一方、同様に独身のニッキは、夜な夜なラックと何度も何度も交尾を、それも連続で繰り返し繰り返し繰り返し、飼い主のヒンシュクを買っている。しかし、おかげで若く力を持て余し過ぎているラックが、他のメスを襲うのを防いでいるとも言える。そう考えると感謝すべきなのかもしれない。・・・が、しかし、それにしても・・・。こちらも桜文鳥以外に興味なし。興味が無いどころか、明らかにシンのことを毛嫌いしている。考えてみたら、このシナモン文鳥、ペットショップで同居していたオスと仲良くしないので、店主にオスではないかと疑われていたくらいだから、なぜかは知らないが、色の薄い文鳥は嫌いなのかもしれない。
 それでニッキは、月末から、抱卵に戻るラックを慕って、カゴまで一緒に行こうとするようになった。しかし、たんなる遊びと割り切っているに相違ないラックに、まったく相手にされていない。嗚呼、さぞや失意の様子を示すのかと思ったらさにあらずで、飛び回ってお腹が減るためか、今まで興味も示さなかったテーブルへ降り立とうと試みるようになった。実に我が家に向いたキャラクターと言えよう。
 何にせよ、この独身2羽にはせいぜい頑張ってもらいたい。

 我が家の女番長オッキにに変化は無い。飛ぶことが出来ずヨレヨレだが、相変わらず気が強く、態度だけなら元気と言える。
 一方、脚がおかしいカナは、一時より良くなったものの、完全には回復せず、何となくそのままになっている。食欲はあり元気なのだが、足元が危なっかしくハラハラしている。
 何にせよ、どちらも、春にはもう少し改善してくれることを願いたい。

 さて、ノコリ・コウの繁殖計画が破綻したので、この際、来秋を予定していた、イブ・マキとシュー・ラックの繁殖計画を実行することにした。
 そして、両ペアともに中旬に産卵を始め、検卵で有精卵を確認、1個ずつ残し、孵化予定日が間近に迫っている。順調だ。
 一方、それよりやや早く、前回有精卵を捨てて抱卵をやめてしまったコウが、また産卵し、それがまた有精卵で、また捨てるのかと思ったら、今度は熱心に抱卵してくれた。それなら、計画を早めるまでも無かったかと、少し後悔しつつ、孵化を心待ちにしたのだった。ところが、予定日2日の午後、孵化して間もないヒナが、卵の殻と一緒にカゴの底で冷たくなっているのを目にすることになった。
 外傷は無かったので、もう少し早く気づいていれば、巣に戻し、それでも親鳥たちの態度が改まらなければ、天才のキュー様に頼んでみる選択肢もあったかもしれない。しかし、綺麗好きのあまり、卵を片付け、ヒナを片付けてしまったが、だんだん進歩しているのも確かなので、次回に期待した方が良いだろう。
 今シーズン育てないと、コウの方は年齢的に厳しくなってくると思うが、それはそれでたまたまの結果なので、仕方が無いものと思う。
 なかなかうまく行かないが、超子育て上手のヘイスケの遺伝子を受け継いだ子孫たちの方はどうなるだろうか。先祖に恥じないように頑張ってもらいたいところだ。

2010・1

 妻に先立たれたシンは、桜文鳥のメスばかりに興味を示す。一方、独身のニッキも、桜文鳥のオス以外は眼中に無い。結局、お互いを無視して、それぞれに不毛な、と人間である飼い主には思えてしまう、営業活動を続けている。
 ニッキの方は、目下、若さに任せて精力絶倫のラックの愛ジンとなり、夜な夜な不倫な関係を続けている。一時、なぜか風切羽が切れて飛びづらくなっていたが、途中で切れた羽を抜いたところ、一週間ほどで復活し、ラックが他のメスを襲うのを防ぐ役割を果たしてくれている。・・・これでは、進駐軍に対するパンパンガールだ、性の防波堤だ、と飼い主は思うのだが、そういった表現が一般的に理解されるのかは、関知するところではない。
 シンの方は、メスを襲うような乱暴な真似はせず、付きまといを続けている。エコ、アイ、シズなどに興味を示したが、結局昔からの愛ジンであるコウを本命と定めたようで、2010年となった現在は、コウのカゴに押し入るようなことまでしている。そして、年下夫以外に眼中に無い態度でひたすら抱卵を続けていたコウも、何となく落ち着きの無い年下夫のノコリ(ピョッコリ・ペコリなどと呼ばれることが多い)から気持ちが移っている気配がある。そのため、孵化させようと残した有精卵を放棄し、抱卵せずに夜な夜な遊ぶようになってしまった。
 無理をしてでも、シンとニッキを同居させるか、それともシンはコウと同居させ、ノコリを一羽暮らしに戻すか・・・、それで納まるとも思えず、悩ましいところだ。

 カナの片脚が、強張ると言うか突っ張ってと言うか、とにかく正常に力を入れて動かなくなってしまった。原因は不明。不便そうだが、食欲もあり、まったく動かないわけではなく悪化もしないので、様子見を続けている。しかし、格別良化する様子もないので、安心からは遠い。
 一方療養生活が続くオッキは、飛べないものの元気で、外見や動きが文鳥らしくなった。しかし、まさにそのためか、ハルやキューに求愛されるようになっている。求愛、つまり交尾を迫られて襲われるわけで、オッキにも、それを守らねばならない飼い主にも、実に迷惑な状況だ。目が離せないのだ。しかし、それだけ元気と言うことなので、喜びたいと思う。

 
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