身体的なこと(技術)
コントラバスを学ぶということ
楽器のスキルについて
コントラバスを、中学や高校の吹奏楽部からはじめた方も少なくないでしょう。
日本では、伝統的に部活動やサークル活動を体育系と文化系に分ける習慣がありますが、吹奏楽、管弦楽、ジャズなどの音楽は文化系に分類されます。
確かに、音楽は文化です。しかし、野球やテニスや陸上といったスポーツも人間の行うことですから文化です。一方で、楽器の演奏は、スポーツ競技のような全身運動ではありませんが、身体運動の鍛錬を必要とする点で、スポーツとの共通点もあります。
音楽は、一度演奏が始まったら、曲の終わりまで演奏を一時停止することができません。音楽の演奏ではテンポ(タイム)に対するシビアなコントロールが要求されることは、楽器経験者であればよくご存知のことでしょう。つまり、時間に対して正確に肉体を制御する必要があります。時間に対してシビアに肉体をコントロールしなくてはいけないという点に関しては、アスリートたちと共通しているということをきちんと認識して訓練する必要があります。
確かに、楽器の演奏には理解力、構想力、表現力といった芸術的な要素が要求されることも事実です。しかし、どんなに高い音楽性、芸術性も、演奏技能が未熟ならば、聞き手に十分に伝えることができないばかりか、ときには逆効果となることさえあるということもきちんと理解しておく必要があります。
スポーツ選手がスキルアップするためには、闇雲に努力さえすればよいというわけではありません。身体に対する正しい知識を持ち、適切な指導のもと、効果的にトレーニングしないと、十分な効果が得られなかったり、ときには変な癖をつけるだけだったり、身体を壊したりすることもあるでしょう。また、トレーニング方法はもちろん、試合のペース配分や作戦についてもきちんとした理解と指導が勝利に導くことでしょう。
音楽も同様です。きちんとした知識にもとづいて適切にトレーニングすることが必要です。どんなに努力しても、それが誤った方法で行われていれば、それはむしろ逆効果なのです。特にコントラバスは人間の体格に対してとても大きな楽器ですから、適切な演奏法を持って臨まないと腰や手指の関節などを痛めるリスクがあります。特に、育ち盛りで、練習時間も多くなりがちな学生・生徒の場合は要注意です。
コントラバスという楽器の習得について
コントラバスは、通常使われる弦楽器の中でも最大級の楽器です。したがって、この楽器の習得をするにあたっては、この楽器が巨大だということについて適切に対応する必要があります。
楽器が大きいということは、弦長が長く、隣同士の弦の間隔が広いということです。さらに、指板の幅や長さも長く(しかも、ギターやエレクトリック・ベースと異なり擦弦楽器の指板は湾曲しています)、また、弦高(指板から見た弦の高さ)も高いといえます。
つまり、他の弦楽器、例えば、バイオリンやギターと同時に「ドレミファソラシド」を演奏したときに、ベーシストの右手や左手の動きは、バイオリニストやギタリストのそれらの動きと比べて、何倍もの大きさになるということです。これは、ベーシストにとっての一種のハンディキャップということもできるでしょう。一般にベーシストは、他の弦楽器と比べて早い(細かな)パッセージが苦手なのです。
ところが、実際の演奏現場では、他の楽器とのユニゾンをするなど、ベーシストにもそれなりに早いパッセージが要求されることがあります。
早いパッセージを正確に演奏できるようになるにはどうしたらよいでしょうか。
それは、素早い動きができるように身体能力を訓練すればよいのですが、そのような訓練は当然ながらバイオリニストやギタリストもしっかりと行なっています。
それでは、ベーシストが楽器の巨大さというハンディキャップを乗り越えて、他の楽器と互角に演奏していくためには、知恵を使って、しっかりと日頃から演奏方法を改善させていく必要があります。
早いパッセージを効率的に演奏するためのひとつの方法は、結果が変わらないのであれば、なるべく指先の動きを小さくすればよいのです。
例えば、2点間の最短距離は直線ですから、ポジションの移動(シフティングといいます)は真っ直ぐに行うように訓練しなくてはいけませんし、指の上げ下げはできるだけ最低限の動きに留めることも大切です。またピッツィカートの場合、弾奏後、できる限り早く次の弦をはじくポジションに戻ることが必要で、このとき、弦をまたぐときには、ハードル競走の後ろ足のように、なるべく弦ぎりぎりの低い位置を通過するように訓練すべきなのです。
このように、コントラバスという楽器の奏法には、何代にもわたる研究と工夫が脈々と受け継がれています。これらの技術を先人たちからきちんと学び、さらに発展させていくことが、コントラバスの習得にとって不可欠だといえるでしょう。
学習するとは ― 繰り返し時間をかけて練習することの意義
早く効率よく学びたい、だからレッスンを受けたいということで相談に来て、実際にレッスンを受ける人がいます。しかし、そういう人はすぐにやめます。「自分には合わない」あるいは「この先生では早く実力が身につかない」といって、ころころと先生を替えている人もいるようです。
もちろん、私が、指導者として十分な実力を持ち合わせていると主張するつもりもありません。人間同士のことですから相性もあるでしょう。ほかによい先生、あるいは自分にあった先生が見つかるかも知れません。どうぞご自由に、と思います。
その上で、コントラバスや音楽は一朝一夕とは言わないまでも効率を追い求めて習得できるものではありません。
まず、レッスンで学ぶことは大きく3つあります。1つは、楽器そのものをコントロールする方法です。2つ目は、音楽を理解することです。私はジャズが専門ですから、曲を覚えるとか、ベースラインやソロが弾けるようになるとか、そういうことです。もちろん、その前提となるコードやスケールの知識、リズムやアンサンブル上の楽器の役割分担、その他のセオリー(理論)やマナー(作法、約束ごと)なども含まれます。3つ目は、イヤー・トレーニングです。音楽は聴覚芸術ですが、聞き取れないことは絶対に表現できません。語学に例えるとよいでしょう。ただ書くだけ、読むだけ、それなら文法と語彙力でなんとかなるかも知れません。音楽でいうと作編曲やスコアリーディングですね。しかし、語学でも会話をしようとすると、文法や語彙力に加えて、発音のクオリティを上げることと、相手の話す言葉を聞き取る力の双方が必要ですね。音楽に例えるなら、楽器の演奏能力(1つめです)と、3つ目の聴音、つまりイヤー・トレーニングです。
アンサンブルの中ではさまざまなことが起こります。人間ですか間違えることもありますし、そうでなくても、譜面とは異なるコードをピアニストが提案してきたら、それに応える楽しさもあります。同じコードでも様々なスケールが想定されるときは、ソロイストの内容を聞き取って、それに適切なベースラインを組み立てる必要があります。ダイナミクスの変化、リタルダンドやフェルマータ、エンディングが決まっていないときに誰かの提案についていけるか、などなど。
また聴き取れないことは絶対に表現できませんから。いや、聞き取りと表現は同時に成長するのかもしれません。英語のLとRの区別も、発音練習も大事ですが、聞き分けることができるということも前提となってきます。もちろん、聞き分けられないと絶対に発音できないということではなく、発音練習をすることが聞き分けのヒントになることもあるのでしょう。
もちろん、限られたレッスンの時間ですから、独習がしにくい1つ目の楽器の演奏方法が中心になるのですが、そこにも私は、第2、第3の視点というものを大切にしてレッスンやカリキュラムを組み立てます。
例えば、スケール練習、譜面を見て、手も動くようになればそれでよいということではありません。それが実際の演奏で反射的に使えるようになるかということが重要です。しかも、正確なピッチ、リズムで、です。フィンガリングも完璧でなくてもある程度合理的でないと手詰まりを起こすのがコントラバスの難しいところです。そのためには、スケールを繰り返し、様々なアスペクトから練習します。
反射的に使える直観的なスキルとは何でしょうか。
新聞のコラムにスポーツ医学について掲載されたことがあったのですが、それによれば、新しいスキルを身につけるということは、神経回路を強化することだと書いてありました。例えば、初めて練習する難しいスケールは、初めのうちは、譜面を見てもすらすら演奏できません。しかし、何度も繰り返し練習していくうちに、手が自然と動くようになってきます。これは、繰り返し繰り返し練習することで新しい神経回路(神経回路の新しいルート?)が作られていくからだというのです。この神経回路をつくることこそが練習の本質です。そのためには、一貫性と合理性のある適切な方法で繰り返しトレーニングする必要があります。これには、どうしても時間がかかります。楽器や音楽が短期間で習得できない理由はここにあるのです。
したがって、冒頭で述べたように、効率や短期間の習得を求めるということが、そもそも無理な相談だということが理解できるのではないでしょうか。私が、優れた指導者だとは申しません。しかし、どんなに優れた指導者であっても、早く早くと焦るだけの学習者の要望に対して短期間で応えることは不可能でしょう。
焦りは禁物です。そして、物事ができるようになるということは脳神経回路を少しずつつくるということを自分なりに理解して、地道に繰り返し繰り返し練習しましょう。
世の中には、100人いても数人しか成功しないような曲芸的なスキルがありますが(体操競技やフィギュアスケートなどそうでしょう)、コントラバスやジャズの演奏は、地道に取り組めばそれほどハードルが高いことではありません。
奏法について
右手について
弓で弾くにしてもジャズのピッツィカートで弾くにしても、まずは利き手で弾くということをきちんと意識すべきです。
フィンランドのベーシスト、トゥーレ・コスキ氏は「重力」を口癖にしていました。またチャック・イスラエルズ氏からは「強く! でも力まずに」と助言をいただいたことがあります。
私もつい力んで弾く癖がなかなか抜けずに困っていました。何か表現しようとしてビートをしっかり出そうとするとついつい力んで弾いてしまうのですが、客観的に見ると単に空回りしているだけで滑稽にさえ映ることがあります。私はそんな様子を動画に撮影しては自己嫌悪に陥りながら改善したこともあります。
ピッツィカートの場合、重要なのは弦を引っ張る方向です。それから、コスキ氏がいうように、重力を最大限味方につけること。前腕から先の重さを弦に載せるイメージでしょうか。それから、すべての関節が、弦をはじく方向に動くこと。たまに手首の関節だけが、その動きを打ち消すような動きをしている方がいますが、個人的には好ましいとは思いません。
人差し指と中指を交互に指弾する方法はゆっくりと丁寧な練習が必要です。左手同様指順をきちんと意識しながら、まずは開放弦のレイキングのテクニックをしっかりと身につけることが重要だと思います。私はオランダのハイン・ヴァン・デ・ヘイン氏の教則本を参考に自分用の開放弦のエチュードを作って練習しています。これはたまに引っ張り出して練習してやる必要があります。
また、特にソロのラインではアーティキュレーションを適切につけることが大切です。スタイルにもよるのですが、特にアクセントのある音とゴースト・ノート(いわゆる飲む音)との落差は、一般に大きくつける必要があるのですが、実はこれには想像以上にテクニックが求められます。アーティキュレーションをしっかりつけるためには、右半身と左半身の分離が必要なのですが、これについて私は独自のエチュードを作って練習しました。とても効果的だったと思うので、一部の生徒たちにも勧めています。
左手について
左手の習得もとても重要です。
右手にも関係することですが、コントラバスの弦はエレクトリック・ベースと異なり、同一平面上に張られていないということをしっかり意識することが重要です。つまり、指板がかまぼこ状に湾曲しているのです。
関節を痛めないためにも、また全身が無理のない姿勢にならないためにも、伝統的な構え方はもちろん、左腕全体(手指のすべての関節、手首や肩の状態、前腕、上腕、肘の位置など)が適切な形と動きをしているかが重要だと思います。
左手のテクニックは、指の上げ下げ、移弦、そしてシフティングの3つが基本です。ほかにトリルやビブラートなどもありますが、まずはこの3つをしっかりと身に付けることが大切です。
すべての原則には例外があるということも、コントラバスのテクニックを習得する上で重要でしょう。特に「準備」の動作はしっかり身につけておくことが重要です。
ジャズは即興演奏ですから、協力な運指の習得が表現の幅を広げると確信します。強力な運指とは、つまり機動的であることです。そのためには直観的であることが重要だと考えます。
人間の脳はとても合理的かつ一貫性があるという側面があります。したがって、運指法も合理的な方法で身につけることが必要だと思います。
合理的な運指を身につけるためには、2つのアプローチが重要だと考えます。
第一のアプローチは、スケールとインターバルをしっかり身につけることです。この意義として、メロディライン、ソロライン、それにベースラインは、大半がオクターブまでの跳躍の連続でできていると考えること、指の上げ下げ、移弦、シフティングのさまざまな組み合わせが存在すること、そして、スケール・スタディやイヤー・トレーニングにもとても役立つことをあげることができます。合理的な運指を身につけるという観点から、私のスケールとインターバルのエチュードは、上行形と下行形から成り立っていますが、下行形の音は上行形をそのままひっくり返したものになっていて、さらに指順も完全に上りと下りが一致するように指定しています。
第二のアプローチは、練習している曲(ビッグバンドのベースのパート譜、コピーしたソロやベースライン、チャーリー・パーカーのリフなど)に対して、運指をきちんと決めて取り組むことです。
親指ポジションのコンセプト
コントラバスの親指ポジションには様々なコンセプトがあります。
私は最初、シマンドルの教則本 Book II にあるような、ダイアトニック・システムを学んでいました。
ところが、ハイン・ヴァン・デ・ヘイン氏の質量ともに充実した教本に出会ってからは、クロマティックシステムで演奏することにしました。
彼のクロマティック・システムは次のようなものです。
- 第1指、第2指、第3指を半音で固定する。
- 親指は、第1指の半音下または全音下とする。
- 第4指は使わない。
第1指から第3指を半音で固定するクロマティック・システムは、ダイアトニック・システムと比べて、ただでさえ狭い(第4指=小指が使えないのですから!)コントラバスの左手の守備範囲がさらに狭くなるだろうと、私も最初はかなり批判的でしたが、氏があまりにも熱心にこのメソッドを推してくるので、しばらく試してみることにしました。
私はクラシックのレッスンを受けていますが、試行期間は、クラシックの課題曲(エチュードやコンチェルトのような独奏曲)もすべてクロマティック・システムで練習するということで徹底してみたのですが、フラジョレット(ハーモニクス)を多用するボッテジーニのような楽曲でない限り、特に不都合は起きないことが分かりました。
さらに習得するに連れて、クロマティック・システムは、ダイアトニック・システムと比べて次のような長所があることも分かりました。
- ピッチが安定する。
- 指の開きに無理がないので、音色が向上する。かなりの高音域であってもジャズのピッツィカートが「しっかり通る」音色で鳴ってくれる。
- 運指の迷いが減る。
実際、ダイアトニック・システムを使わなくても、ほとんどのメジャー・スケールやマイナー・スケールをポジション移動なしに演奏することができるのです。ということは、クロマティック・システムでもさまざまなメロディやソロラインに十分対応ができるということです。ポイントは親指を積極的に活用していくことでしょうか。
というわけで私はクロマティック・システムを全面採用することにしました。
詳しくは、私のレッスンで!