音楽を学ぶことについて

音楽を学ぶことについて

ジャズを学ぶこと

ていねいなケーススタディ(事例研究)を

ジャズを演奏するためにはたくさんのことを学ぶ必要があります。

楽器の習得はもちろんですが、ジャズそのものについて学ぶことが必要です。

まず、曲そのものの習得と練習が必要です。

そして、ベースラインやソロラインをつくるために必要なことは、コードやハーモニー、リズムなど、音楽そのものについての知識が必要です。

ジャズのスタイルについて学ぶ必要があります。そして、スタイルの変化に、アンサンブル、ベースライン、ソロがどのように変化してきたかを理解することが必要です。スタイルごとに、鍵となるミュージシャンやアルバムがありますから、これらを体系的に整理する必要があります。スタイルを学ぶことはジャズ史を学ぶことでもあります。

海外旅行に行くことで日本の良さを再発見することがあるよういん、ジャズの特徴を理解するには、他の音楽と比較してみるのもよいことです。クラシック、ロック、ラテン、さらにはアフリカやヨーロッパや中東の民族音楽などと比較してみると、それぞれ相違点とともに意外な共通点も見つかることがあります。もしジャズ以外の音楽を演奏する機会があるならば積極的かつ全力で関わるのがよいと個人的には思います。

さて、ジャズを学ぶ上で、さまざまな人から助言を受けたり、本や楽譜やネットの情報を参照したりすることがあるでしょう。重要なことは、信頼できる情報源にあたることに加えて、自分でしっかりと検証することが大切です。つまりケーススタディをしっかりすることです。

音楽は、聞くだけで楽しむことができる気軽さが魅力です。しかし、演奏者となるともう少し正確に理解することが必要です。マジシャンが情熱だけではなく種や仕掛けについてきちんと理解することが不可欠であると同様、演奏者が音楽を演奏するには、ある音楽がなぜ素晴らしいか的確に理解することが必要です。

例えば、アンサンブルにおける楽器の役割や作法、ある曲における重要なフレーズやリズムやハーモニーなどについて、理解することなしに効果的な演奏は望めないしょう。

ジャズでは、同じ曲でも演奏者によって演奏方法が異なります。特にいわゆる歌ものといわれるジャズ・スタンダードの場合、テンポやキーはさまざまですし、コード進行はテイクごとに異なると考えて差し支えありません。

ジャム・セッションなどに行きますと、たまに「このコード進行は間違っている」と指摘する人がいます。確かに不適切なコードが書かれている場合が大半ですが、1曲について数十テイクを年代順に並べるて聞くという方法で研究している私にいわせれば、指摘している人が不勉強で別の演奏方法を知らないだけというケースも珍しくはありません。良かれと思って指摘したこととは思いますが、結果として相手を傷つけたことになります。

ジャズの理解にはケース・スタディ(事例研究)が必要です。ただ聴くだけではなく、楽譜にすることをおすすめしています。例えば、ハードバップ時代のアンサンブルにはさまざまなアレンジがされていますが、これはアンサンブル、リズム、ハーモニー、アレンジメント、各楽器の役割などを学ぶにはとてもよい教材にもなります。イントロやテーマ、エンディングについて採譜に慣れてくると、これはどこまでが指示があって、どこまでが奏者の裁量に任されているか、奏者の前の譜面が想像できるようになってきます。そして、ラフそうなプレイヤーだと思っていが実はかなり緻密だったというように当初の印象と異なることもあるのです。

もし、好きな曲、好きなプレイヤー、好きなアルバムがあれば、ぜひできるだけ深く、広く、事例研究をされることをおすすめします。手間と時間がかかりますが、それ以上の収穫があるはずです。

イヤー・トレーニングの重要性

音楽を学ぶ上で重要なことは、耳を鍛えること、つまりイヤー・トレーニングです。なぜなら音楽は聴覚芸術だからです。

イヤー・トレーニングというと、狭義の音感、すなわちメロディ、音程(インターバル)、和音の聞き取りを思い浮かべるかと思いますが、それにとどまるものではありません。

リズム、アーティキュレーション、ダイナミクス、音のアタックと切りに対する意識、音色など、音楽のありとあらゆる要素に対する感受性を磨くことが重要です。

特に、ジャズは即興音楽ですから、演奏の状況は刻々と変化します。メンバーの演奏している内容が「聞こえている」つもりでも、あらゆる要素に対する感受性が十分に磨かれていなければ、状況を正確に捉えることはできません。

また、イヤー・トレーニングは、自らの上達速度にも影響します。なぜなら、聞き取れないことは表現できないからです。

誰もが皆、自分がパーフェクトなプレイヤーでいないことは漠然と分かっているつもりでいます。しかし、すぐれたプレイヤーほど、自分の理想とするプレイヤーと自分自身の演奏の違いをより的確に捉えているものです。しかし、私自身そうだったので分かるのですが、自分が本当にできないときというのは、自分が何ができないのかが理解していないということがあるものです。

例えば、スタンダード・ナンバーの『枯葉』を演奏することは、初級者でもそれほど難しいことではありません。ちょっと器用なひとであれば、なんとなくベースラインを組み立てたり、ちょっとしたソロも演奏できるかも知れません。

しかし、その人が演奏した直後に、いわゆるプロ・ベーシストが交代して『枯葉』を演奏すると、一緒に演奏したメンバーや聴衆はそのクオリティの違いをすぐに実感するでしょう。ところが、当事者である初級者ベーシストは、そのクオリティの違いを聴衆と同じように実感できるでしょうか。さらに、一緒に演奏したメンバーほど正確にその違いを理解できるでしょうか。

ベーシストとして上達をするためには、自分の演奏を客観的に評価することが必要です。つまり、解決すべき課題が正確に理解できることで、初めてその課題について焦点を絞った練習方法に取り組むことができるのであって、ただ漠然と上手くなりたいというだけでは、具体的にどのような練習に取り組んだらよいか的確な練習方法が設定できないだろうし、またその効果もきちんと評価できないはずです。

例えばイントネーション(ピッチの良し悪し)については、チューナーという機械を使うことで客観的な評価を奏者に示してくれます。また、メトロノームも時間的なずれをある程度練習者に示します。しかし、それ以上のニュアンスをリアルタイムにチェックできるようになるには、結局はしっかり評価できる耳を作っていく他ありません。そのためのひとつの有効な方法のひとつは、自分の練習を録音してすぐに聞き返してみることです。

練習のモチベーションを維持するには、何か発表の機会(本番)が必要だという人もいます。確かにそのとおりです。しかし、たとえしばらく発表の場がなかったとしても自分の課題が明確に自覚できる耳を持っていれば、取り組む課題に困ることはないはずです。

それでは、イヤー・トレーニングはどのように行なったらよいでしょうか。

第一に、音源(レコード)をよく聞くこと。そして、自分の演奏の録音と聴き比べてみることです。また、ライブやリハーサルでの自分の演奏を聞き返してみます。演奏中に聞き取れなかった音に気づいたらそれはしめたもので、その情報が次のライブやリハーサルで聞こえるようになるように意識してみるとよいでしょう。また、個人練習の録音をすぐに聞き返して、イメージと実際のギャップを埋めることも向上に役立ちます。

第二に、すぐれた演奏者(共演者や指導者)と一緒にレコードを一緒に聞く機会をなるべくもつこと。一緒に聞くことこで、「今ここのこの音!」というように、自分の聞き逃した重要な箇所をポイントアウトして(指しし示して)くれることがあります。これを繰り返すことで、すぐれた演奏者がどこに注意してきいているかということが分かると同時に、自分がいかに音楽的に重要な情報を聞き逃しているか自覚することができるのです。

第三に、ソロでもベースラインでもコードでもテーマのアレンジでも、市販の譜面を頼らずに(参考にするのは構わない)、音源から採譜してみること。そして、必ずそれを信頼できる誰かにチェックして朱筆を入れてもらうこと。あるいは、機会があれば自分で作った譜面をリハーサルで演奏して、自分の思ったとおりのサウンドになった箇所、期待通りにならなかった箇所(つまり誤り)について検証するのもよいでしょう。

学んだことをベースで表現することの難しさ

ケース・スタディや助言から得た知識や情報を理解することが重要ですが、それらは、ベースで適切に表現できて初めて価値を持つともいえます。つまり、「分からないし、できない」から「分かっているけれど、できない」を経て「分かっているし、表現もできる」という状態まで到達することが大切です。

最後の過程、すなわち、理解した知識を楽器で表現できるようになるにはどのような練習が必要なのでしょうか。当然ながら、楽器を使って繰り返し繰り返し練習することで身につける以外に方法はありません。

私は、身につけようとしている課題に対応した曲やエチュード、採譜したソロについて一定期間取り組みます。場合によっては、12キーに移調して練習もします。また、適当なエチュードが見つからないときには自分用にエチュードを自作することもありますし、また、適当なソロラインのライティングをしてそれを練習することもあります。

また、「頭で分かる」ということ、「聴いて(それが)分かる」ということ、そして、「楽器でそのことを表現できる(使える)」ということ。それぞれに難しさがあります。

重要なのは、「かっこいい」と思う気持ちや気付き、そして「自分でもそのように演奏したい」という情熱だと思います。そのためには地道に努力することが大切です。もし課題が難しすぎるのであれば、前提となる予備的な練習や知識の確認が必要なこともあるでしょう。ときには「しばらく寝かせておく」という判断も必要です(こればかりではいけませんが)。ときには心が折れそうになることもありますが、ときには年単位の長期的な期間を経て実現することもあります。

練習のアイディアはノートに書き留めておいて、今ひとつ今の課題に集中できないときには、思い切って最適な課題に切り替えるということもひとつの方法です。自分にとってできないことであれば、どんな課題であっても取り組む価値はあるものです。